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ガールズバンドはじめました  作者: やなぎ のき
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第11話 臍(ほぞ)をかたなんとやら

 軋んだ音を立てて扉が開く。

 半分ほど開いたところで、由貴は中を覗き込んだ。手洗い場の辺りに柚子の姿が見えないのなら、すぐさま扉を閉めようと思ったからである。

 入ってすぐ、柚子が後ろを向いて立っていることに由貴は気がつく。正面に鏡と洗面台があり、それを挟むようにして左右にトイレのドアがあった。

 洗面台へと両手をつき、俯く姿は何処か弱弱しい印象を与える。

 本来の用ではなかったことに安堵しつつ、由貴は柚子の背中へと声をかけた。


「泣いてるのか?」

「泣いてないわよ」


 間髪入れず、返事が返る。


「ここ、女子トイレだけど分かってるのかしら?」

「分かってる」

「男子トイレは隣よ。入るならバレないようにしてちょうだい」

「トイレに用はねーよ」

「なら何? 変態行為ならさすがに警察へ通報ものよ」


 由貴は柚子の顔を見つめた。

 薄い化粧が落ちた様子も、目が赤く充血した様子もないことに由貴は、ほっと息を吐き出す。


「大丈夫そうだな」

「大丈夫よ」


 そう言って柚子は俯き、


「だい、じょうぶ」


 スカートが皺になるほど、強く握り締めた。


「馬鹿じゃねーの」

「馬鹿って何よ」

「泣けばいい時に泣かないやつは、馬鹿だろ」

「なら馬鹿で結構よ」


 由貴は扉を閉めて中へと踏み込んだ。広くもない中は、一歩踏み出せばお互いの身体が接触するほどのスペースしかない。


「皆が言ってること、正しいもの。正しいこと言われて泣くなんて、私のプライドが許さないわ」


 スカートから手を離し、由貴を見つめる柚子の目はまっすぐだった。


「私は自分の才能が本物だと信じてる」

「うん?」

「でもそれをこのまま信じるには、それを証明しないと駄目なの。私の才能が本物だと、確かめたいの」


 柚子は洗面台へと背を預ける。その様子に由貴も扉へともたれ掛かった。


「由貴は私の歌が好きだって言ったね」

「ファンだよ。ずっと」

「それは今も?」

「…………今『は』、かな」


 柏木たち三人が話していた内容を、由貴は否定できなかった。

 由貴自身、ファンだと本人を目の前に告白しながら、最近の曲には不満を感じていたからだ。だからこそ、バンド用での新曲を受け取った時、由貴は心の中で感激した。

 これこそが、『なずしらゆさ』なのだと。


「バンド用に貰った三曲は、感動した。曲を聴けば絶対もっと感動する。さすが『なずしらゆさ』だって、俺は震えるほど興奮した」

「『なずしらゆさ』名義の最後の曲は?」

「……」

「はっきり言って最低の曲よ。ううん、最後だけじゃない、その前から酷いものだったわ。売り上げランキングで一位をとっても、それは最初の週だけ。次の週にはもう名前も出てこない」

「ほとんどの曲はそうだよ」

「そうね。でも私はそんな曲が作りたかったわけじゃない。あっという間に忘れ去られるような、流行の曲を作りたかったわけじゃないわ!」


 柚子の握り締めた拳が震えた。顔色が青白く透き通る。

 だが瞳だけは、太陽を直接見た直後のように強く、目蓋に焼きつく強烈な光を連想されるほど、由貴の視線を釘付けにした。


「私が始めて作った曲は力作よ。その辺の流行曲なんて言わせない名曲だと言っていいわ」


 その言葉通り、デビュー曲は街の至る所で流されているほど曲事態の評価は高い。だがその裏で、世間では『なずしらゆさ』最高傑作とも言われ、これ以上の名曲を生み出すことはないだろうとも言われている。


「でもデビュー曲がヒットした途端、曲の注文が殺到して駆け出しの私は仕事を選ぶことも出来なかった。納期のことだけで頭がいっぱいで、じっくり作り込む時間もなくて、それでも良いものを作ろうと必死だった」

「……柚子」

「でも向こうはそんなこと、どうでも良かったみたい。『なずしらゆさ』のネームバリューが必要なだけで、曲の出来は二の次だった。『なずしらゆさ』が作ったというだけで、どんな曲でも『良い』と喜んで、褒めちぎるだけ」


 柚子が目を閉じる。その何かを堪えるかのような姿に、由貴も知らず手のひらを握り締めた。


「その頃の私は、自分の曲がどれほど酷いものなのかも分からなくなってた。覆面ソングライターという話題性で持ち上げられて、ちやほやされて、思い上がって、自分の曲を忘れたの。でも聞く人には判るのよね、良い曲かそうでないかって」

「柚子」

「だからね!」


 ぱっと開いた柚子の目は、きらきらと輝いているように由貴には思えた。

 柚子の力強さが、すべて瞳に集中しているかのように。


「自分が『なずしらゆさ』だと誰にも知られず秘密にして、あのバンドを成功させれば私の才能は本物だと証明される。私の才能は本物だと、私は私に証明できるの! ――まあ由貴にバレちゃったのは誤算だけど」

「ご、ごめんっ」

「だから、せめて初ライブまでは力を貸してください。あなた以外のボーカルを見つけるには、時間が足りないんです。お願いします」


 そう言うと、柚子は頭を下げた。

 狭い空間の中で柚子の後頭部が見えるほど、しっかりと下げられた礼に由貴はあわてた。


「かっ顔上げてくれよ! 今まで脅しとかしてただろ!? 急にそんな態度取るなよっ!」

「必要なら土下座でも何でもするわよ」

「女が土下座とかするな!」

「それは男女平等精神に反しないかしら? それに土下座は誠心誠意を見せるためにやるものであって、土下座した程度で傷つく安いプライドは持ってないわ」

「……なんつーかよ、ホントお前って漢らしいよ。漢字の漢って書いてオトコだよ」

「ふふん。女は男よりもずっと、精神的にたくましかったりするのよ」

「そういう女の子に見てる夢や希望を壊すこと言わないでくれないか?」

「この程度で壊れるなら今のうちに壊しておいた方が、今後のためよ」


 握り締めた拳も、青白い顔色もいつの間にやら笑顔へと変わっていた。


「由貴、よろしくね?」

「…………おぉ」


 改めてのお願いに、由貴は気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 そんな由貴の様子を柚子は声に出して笑う。

 吹っ切れた様子で楽しげに笑う柚子の顔は清々しく、大輪の花を連想させる華々しさだった。眩しくすら感じる笑みに、由貴自身も自然と笑みを浮かべる。

 笑顔は人も笑顔にする。柚子の笑顔はまさしく、人を魅了し笑顔にさせるものだった。


(いいな)


 由貴は素直に、そう感じた。


「そろそろ戻らないとね」

「ああ。遅くなった言い訳はどうするんだ?」

「トイレで話が盛り上がったことにするわ。化粧品の話で盛り上がったなら、遅くなった言い訳として妥当でしょう」

「……化粧のことなんて解らねーよ」

「適当に相槌打ちなさい。こっちで話は何とかするから」


 扉を開け、柚子と由貴はトイレから出た。

 背筋を伸ばし、柚子が歩き出す。颯爽と歩く姿は、こちらの身も引き締まるかのような錯覚を覚える。その後姿を追いかけながら、由貴はひとつの決心を固めた。


(俺は、柚子の力になりたい)


 先ほどのやり取りを思い出し、知らず知らずのうちに拳を握る。


(嫌々でもなく、弱みを握られたからでもなく、自分の意思で柚子の力になりたい。あいつの目的とか、才能の証明とか俺にはどうでもいいけど、あの笑顔だけは、曇らせたくない)


 そう、由貴は強く決意した。



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