異質分子
この世界は、ずっと同じ思考を持った者だけがいるはずだった。
そう設計をされ、数百年間の間を経て、確かにそのように人々は行動していた。
設計者は今では神様として崇敬の対象になっている。
その思想を年少の時から叩き込むため、1才~10才までは朝に思想勉強を行い、11才以上から18才までは週に1時間のペースで、思想の内容を深く理解するための勉強を行うことになっていた。
その中で、不良と判断された人は、研修所という名前の施設に送られる。
そこは、普通の人が行くようなところではなく、また、そこに送られた時点でその人は、この世界からいなかったものとされるのだ。
だが、思想を固定化し幾世代経つと、そのような研修所も必要なくなった。
親から子へ、子から孫へと疑うことなく伝えられていくからだ。
こうして、研修所は過去のものとなり、今では全て封鎖された。
「だから、ここは、こうなるんだってば」
「知らんって」
俺は、そんな思想を生みだした家の分家の息子として生まれた。
他の人から一目置かれる思想の大家として知られている両親から、幼いころから叩きこまれた。
それを教えているのは、11才の時から今にいたるまでずっと一緒にいる女子なんだが、なかなか覚えてくれない。
この思想は、俺達の根幹を作り上げており、必要不可欠である。
「だーかーらー」
俺も半ば切れ気味に言い出す。
「この思想勉強が、大事だということは知ってるよ。でも、それが今すぐ使えるかどうかなんて、わからないじゃない」
彼女も切れながら俺に言ってくる。
「今すぐ使わなくても、将来にわたって有益になるのは間違いないんだよ。だから、覚えやすい、今のうちにしておくのさ」
「そりゃね、私だってさ、そのあたりは知ってるよ。人たちをつなぎあわせるために、この思想は作られ、いまでは昔あった何物よりも完成され、洗練されていることはね。それでも、何か引っかかるのよ」
「なにかって何さ」
俺は彼女に聞き返す。
「それが分かったら苦労しないって。でも、何かわからないけど、引っかかる…まあいいわ」
彼女は、考えるのを止め、教科書を開けた。
俺は、そんな彼女に何も言わなかった。
それから、彼女の疑問は消えることなくくすぶり続けていたらしいが、そのことを俺以外の誰にも明かさなかった。
そして、それきり、話さなかった。
だから、彼女が納得できずにくすぶり続けていたのも分かった。
でも、俺はそんな彼女を納得出来るだけの話力を持たなかった。
だからこそ、俺は何も言わなかった。何も言えなかった。
18才になり、俺は彼女とわかれた。
別々の道を辿りだした俺達が、交わることは、もう無かった。
唯一の心残りは、この思想の本当のところを、俺が彼女に説明することが出来なかったことだ。
次会ったときには、そのことを言ってやろうと思っている。