「子が産めない女は無価値」と離婚されましたが、訳あり伯爵に「7人目の継母になってくれ」と契約結婚を申し込まれました
「ユミル、お前とはこれまでだ。なぜ俺が別れたいかわかるな?」
旦那から一方的な離婚宣言をされた。
ある程度予想していたことだし、そもそも私もこの人が好きではなかった。
「子供……ですよね」
「そうだ。お前はいい女だが、一つだけ欠点がある。そして俺はそれを許容できない。子どもが産めない女を妻としておくことは不可能だ」
「承知しました。ただ、父への支援だけは続けていただけませんか?」
「無理だ」
私はなるべく感情を殺し、床を見つめる。
腹が立たないかと言えば、そんなことはない。
でも、どちらかと言えば悲しい。
私は今回も子どもを産めないんだ……と再認識させられたから。
私はその日のうちに荷物をまとめ、ガイズ子爵家を出ていく。
馬車も使わない帰り道、一筋の涙が頬を伝う。
私は前世でも病気で子が産めず、夫と別れた過去がある。今世に生まれ変わってもまた同じ理由で捨てられた。
……子ども、ほしかったなぁ。
私のつぶやきは風に消えた。
家に戻った私を両親は温かく受け入れてくれた。
うちは貧乏貴族で借金もある。
ガイズからの支援がなくなるのに両親は私に優しくしてくれる。
「いいんだよユミル。あんな旦那なんか別れたほうがいいに決まっている」
「そうよ。あなたは私たちの大切な子どもなんだからね。子が産めなくたって別にいいじゃない。むしろ自由を満喫して生きられるってものよ」
「うん、ありがとうお父様、お母様。少し休むね」
私は自室に戻り、今後の人生について真剣に検討した。
翌日、私はすぐに動き出す。
とりあえずお金を稼ごう!
元傭兵の父と宮廷魔法使いだった母のおかげで、私は身体能力にも魔法の能力にも秀でている。
そこで独身のときに開いていた魔道具教室を再開する。
主に子どもを対象にした魔法を学ぶ場だ。
以前私を慕ってくれていた数人がすぐに教室に入ってくれた。
「ユミル先生! 俺、風魔法を使いたいな〜」
早速、公園で子どもたち数人に魔法を教える。
この瞬間は私にとって至福の時でもある。
「いいわよ。でもまずは魔力を杖に流す練習からね。魔道具を使わないと魔法は起こせないんだから」
子どもたちに指導していく。
初日を終えて家に帰っていると、偶然にも学生時代の友人に出くわした。
「ユミルなにやってるの?」
「エミリー、久しぶりね!」
「聞いたわよあんた。子爵様とお別れになったんだって?」
「……そうなの。私、子どもが産めないみたいで離婚されたわ」
エミリーは何でも腹を割って話すことができる貴重な友人だ。
「それはきついわね。あんたって子ども大好きだもんね。でも子どもが産めないからって母親になれないわけじゃないのよ。養子とったり、連れ子の親になるっていうパターンもあるわ」
「そうだけどさ……」
「それにあんた、近所の子たちにも好かれてるじゃない。もう母親みたいなもんよ」
エミリーはいつも明るくて前向きな発言が多い。
彼女の言葉にはいつも助けられたっけ。
私の心が軽くなった。
「それよりあんたさ、家の方は借金とか大丈夫なの?」
「魔道具教室開いたんだけど、それだけじゃお金足りなそうで」
「やっぱここはさ、性格のいい小金持ちを捕まえるしかないんじゃない? あんた可愛いしいけるわよ」
「えぇ……でも別れたばかりだし」
「いけるって! 次の夜会一緒に行くよ。あの有名なランス伯爵も来るのよ?」
「エミリーってば、ガメツさは変わらないのね」
「そりゃそうよ! 私なんて結婚もできてないんだから。25で婚姻歴なしってめちゃくちゃ馬鹿にされんのよ」
「別に結婚だけが人生じゃないわ。でもせっかくだし参加してみようかな……」
「よっしゃ、いい男捕まえるぞ!」
街中で超恥ずかしい宣言をするエミリー。
ごめん、ちょっと他人のふりさせてもらうね。
⭐︎
週末、私はエミリーと夜会に参加した。
会場は大きく、貴族やお金持ちが集まっている。
私とエミリーは一番のドレスを着てきたけれど、ここの女性はもっと上質で華やかなものを着ていて、正直ちょっと帰りたくなった。
「ねえエミリー。なんか場違いすぎない?」
「気にする事ないわよ。それより見て、あそこの人だかり」
エミリーの指差す先には人だかりと女性の列ができていた。
輪の中心にいるのはスタイルがよく遠目でも超イケメンだとわかる金髪の貴公子みたいな男性だ。
ランス伯爵。
貴族の間でも有名な人だ。
歳は30歳くらい。元々は超一流の王宮騎士だったが、途中で商人になりそちらでも凄まじい才を発揮した。
つまり、列に並ぶ女性たちは彼に見初められたいのだ。
「ランス伯爵がね、また離婚したらしいのよ」
「また? 何人目だっけ」
「もう六人か七人ね。次の奥さんになりたいって女たちが、あそこに並んでんのよ」
「そんなすぐ離婚する人と結婚しても、簡単に捨てられると思うけど」
「だとしてもランス様の妻だったという過去は一生自慢できることだからね」
「エミリー、まさか狙ってるの?」
「駄目元でまずは突っ込んでみるわ。無理だったら近くにいるもう一人の伯爵、あっちもなかなかの男なんでそっちを狙うわ。よっしゃあ行くわよ!」
私はエミリーに手を引っ張られ強引に列に並ばされた。
せっかくのパーティーだったのに伯爵様のお顔を見るための行列でほぼ終わりそう……。
夜会も終わりの頃になってようやく話せるチャンスが巡ってきた。
「こんばんは」
なんとランス様の方からお声がけくださった。
ただ、顔も声も明らかに疲れていた。
もう帰りたいという心の声が透けて見えるようだ。
「こんばんは! あたしたちランス様のことを長年お慕いしておりました!」
エミリーがガツガツと攻めていく。
「それはありがとう。私も君たちのような素敵な女性と出会えて嬉しいよ」
「ほらユミル、あんたも何か言って」
「ええと、私みたいな者にお時間をくださり、感謝いたします」
「そうじゃなくて! ……この子、魔法の先生をやってるんですよ。子どもたちにもすっごく好かれてるんです。わくわく塾って言うんですけどね」
ちょ、それ言わないでよ。
事実ではあるのだが、塾名は少し恥ずかしいので伏せてほしかった。
ただ意外なことに、ランス様は興味ありげに眉を上げる。
「子どもたちに魔法を教えるのは得意なのかな?」
「得意と言いますか、一緒に楽しみながらやっております」
「実はそういうのに興味があってね。近いうち見学をさせてもらおうかな」
「そんなっ、人にお見せするほどのものではありません」
私は断ろうとしたのだが、ここぞとばかりにエミリーが割って入ってくる。
「どうぞどうぞ、お越しください。こう見えてユミルは死ぬほど教えるのが上手いんですよ。わくわく塾からは優秀な魔法使いがたくさん輩出されてるんです」
「それはいいね! 私には息子がいるのだが、魔法が少し苦手でね。今度見学させていただきたい」
「はい、ぜひぜひ」
後ろに並んでいた女性たちに何回も小突かれていたので、そろそろ彼女たちに順番を譲る。
どうやら話しすぎだったみたい。
まるでアイドルの握手会。
それでいくと私たちは相当長い時間、彼を占領してしまったことになる。
そりゃ並んでる女性たちからの恨みつらみが厳しいわけね。
会場を出ると、エミリーが私の背中をバシバシと叩いてくる。
「チャンスじゃない、ユミル! あんたワンチャンあるかもよ」
「えー、ないでしょ。それに私はもう結婚に興味ないっていうか」
「あんたね、好きと結婚は別物よ。自分が生き延びるために結婚するのは全然ありだからね。万が一ランス様に気に入られたら、将来宝石買い漁れるわよ」
万が一、ないと思うけどね。
⭐︎
夜会から一ヶ月が過ぎた。
私は昼は飲食店で働き、夕方は子どもたちに魔法を教える生活になっていた。
充実しているが、家計に入れるお金がもう少しほしい。
「みんな、準備はいい? 今日は魔道具と仲良くなる訓練をしましょうね」
生徒たちも十人以上に増えた。
公園で私たちの前に並ぶ六歳から十二歳の子どもたち。
一人一人がすごく可愛いし愛おしい。
「何それ? 魔道具と仲良くなるってどういうこと?」
「魔道具ってただの道具じゃん」
「そうよ。でも魔道具がないと魔法は使えない。だから心があると思って接するの。さあ、授業を始めましょう」
体内の魔力を魔道具に効率良く伝える方法を、遊びを通じて私は子どもたちに伝える。
私のモットーは『楽しく学ぶ』だ。
しばらく子どもたちと遊んでいると、誰かが私を眺めていることに気づく。
遠目でもわかる華々しいオーラ。
うそ、あれってまさかランス伯爵様では……?
授業が終わって子どもたちが帰っていくと、見学していた男性が近づいてくる。
やはりランス様だ!
「お、お久しぶりです、ランス様」
「そうかしこまらないで。すごく楽しませてもらったよ。それに子どもたちの短期間での成長ぶりにも驚いた。君は本当にすごいね」
「いえ、私なんて全然です。子どもたちが優秀なだけでして」
「子どもたちは優秀だし君も優秀だ。私はそう思う」
私を見つめながら褒めてくるランス様。
三十歳超えてるらしいけど、二十前半にしか見えないほど肌が美しいし、何より顔がかっこよすぎる。
女性がこぞって惚れるのもわかる。
「君の教室って、出張授業はやるのかな?」
「個別授業ですか? そういう機会はあまりないですね」
「授業料は君の言い値を出そう。今度うちに来て、息子に授業してもらえないだろうか」
「もちろんです。でも私が出張するより、こちらに来てもらった方が他の子たちと楽しく学べて成長も早いですよ」
「……いや、息子はそういうタイプではないんだ」
顔を背けて明らかに気まずそうにする。
その態度だけで息子さんが何か問題を抱えているのがわかってしまうほどに。
「ご病気とかですか?」
「病気というよりは心の問題かな。近いうち、また見学させてもらうよ。それでは」
きびきびとした動作でランス様は立ち去っていく。
超多忙なはずなのにわざわざ私なんかの授業を見学に来てくれた。
息子さんのことで相当悩んでいるんだろうな。
でもランス様の子どもって──めちゃくちゃ可愛いはず……!
ぜひ一度顔を見てみたい!
息子さんに授業を教えることを想像しながら帰路に着く。
家に帰ると、なぜか父が険しい顔をしている。
「お父様、何かあったの?」
「いやいやいやいや、別に何、何でもないってば」
いやいや、明らかに何かある時の態度だ。
「お母様、お父様が明らかに動揺しているけど何があったの?」
「……これよ」
お母様がすっと出してきたのは私宛ての招待状だった。
夜会への招待状だ。
ここまではまあいいとして、差出人が元夫のガイズだった。
別れたばかりなのに、私を招待するってどういうことだろう。
「ユミル、そんな夜会行く必要ないぞ。どうせ、ろくでもない自慢をしてきたり、お前を悪者にするつもりなんだ」
お父様の言う通り、その可能性は高いだろう。
でも参加しなかったら、好き勝手言われてしまう。
「せっかくだし参加してみるわ。あまり舐めたことしてきたら、やり返す」
「おお、いいじゃないか! 俺もやったろか?」
「いえ、一人で大丈夫よ。私はもう立ち直っているから、安心してね」
二人が安堵した表情を見せる。
それを目にして、私は子どもには縁のない人生だったけれど、両親には恵まれていたなと心が温かくなった。
みすぼらしいと馬鹿にされるのは嫌なので、私はエミリーに装飾品を借りて夜会の会場へ向かう。
豪華絢爛という言葉がぴったりの室内だ。
着飾った男女が澄ました顔で、でも内面はギラギラしたように常に誰かを探している。
真っ先に、私に話しかけてきたのは元夫のガイズだった。
彼は二十歳ぐらいの若い女の肩を抱き、片笑みをする。
「来てくれたか。今日は楽しんでくれよ」
「お元気そうで安心しました。お隣の方は?」
本当は質問したくはないけど、そうしなきゃ自分から自慢してくるしね……。
「ふふ、彼女は私の新しい妻だ」
「はじめまして。元奥様とお会いできるなんて光栄ですわ」
元奥様か。
わざと含みをある言い方をするあたり、ガイズと似た物同士とみた。
「俺が新しい妻を取ったことを祝って、侯爵様が夜会を開いてくれたんだ。お前も早くいい男見つけろよ。そのために誘ってやったんだ」
傲慢な態度は相変わらずだ。
ガイズが立ち去っていくと入れ替わるように人がくる。なんとランス様だ。
「やあユミル。また会ったね」
「ランス様も参加なされていたのですね」
「侯爵様と仕事の繋がりがあってね。それより、今のは君の元夫だね。悪いとは思ったが、少し調べさせてもらった」
「はい。今夜はあの人から誘われて」
ランス様の表情がわかりやすく曇った。
「すぐ帰った方がいい。先ほど彼の狙いを探ったんだが、君を夜会で貶めるのが狙いだよ」
やっぱりそうなんだ。
ランス様の情報収集なら間違いないだろう。
「私も頻繁に結婚と離婚を繰り返すので人のことは言えないが、さすがに別れた妻にこんな嫌がらせはしない。帰るなら私の馬車を貸すよ」
「お気遣い感謝します。でも私は帰りません」
そう告げるとランス様が驚く。
「それは、なぜ?」
「なんか負けた気がするので。離婚したのに彼から逃げるつもりはありません」
「……君は強い人だな」
ランス様が私のことをまじまじと見つめてくる。
興味深いといった感じに。
私はなんか照れくさくなって視線を床に落とすと、ここでベルが鳴り響いた。
主催の挨拶が始まるようだ。
侯爵のはよくある挨拶ではあったが、途中でガイズのことを紹介する。
「こちらのガイズ子爵が、この度新しい良縁に恵まれた。皆様にも祝って欲しい」
拍手の中、ガイズが手を挙げて答える。
侯爵が自慢気に言う。
「このガイズ君は魔法が得意でね。今日は余興として皆さんにもお見せするようだ」
ガイズの魔法って、人前で偉そうに見せられるレベルだったかな……?
私は首をかしげながらも、見学させてもらう。ショーは広い会場を利用して行うようだ。
彼の従者が皿を放り投げる。
フリスビーみたいな感じで。
ガイズは杖を構え、風魔法を発動させて皿を割る。
ただ、威力が強すぎて壁にまで当たった。パラパラと破壊された一部が床に落ちる。
それでも周りからは拍手が湧き起こる。
ちゃんと魔法を使える人からすれば、中の下くらいの腕でしかない。
余興なので、ハードルも低いのだろう。
「この間の授業を見た限り、君の方が百倍上手いよね」
ランス様が私の耳元でささやく。
ふふ、彼の晴れ舞台らしいので、あまり突っ込まないであげてください。
ところが、あちらが先に喧嘩を売ってきたではないか。
「俺の前妻であるユミルよ。今日は来てくれて感謝する。俺は新しい妻を迎えるが、それは決して君が悪いというわけじゃないんだ。今の妻が運命の相手だったというだけで! どうか許しておくれ」
白々しい演技をしつつ、ガイズは周囲の人に呼びかける。
「会場の皆さん。彼女に興味ある方がいたらぜひ声をかけてください。子供が産めない以外は、欠点のない素晴らしい女性ですよ!」
爆笑ではないが、それなりの笑い声があちこちで漏れた。質の悪いジョークでも笑ってくれる人がいてガイズは楽しそうだ。
さすがに頭にきたので、言い返そうと私が一歩踏み出した時──
ランス様が強く声を張る。
「彼女はとても優秀な人ですよ。例えばたったいま、ガイズ様が行った魔法ですが、彼女は遥かに上手にこなすでしょう」
「まさかっ。ユミルが俺より魔法が上手いなんてことはあり得ませんね」
ガイズは本気でそう思い込んでいる。なぜなら、私は彼を立てるためにわざと下手くそな魔法を披露していたからだ。
自分より能力が高い女を嫌う男性はこちらでも多い。
少なくともガイズはそういうタイプだった。
実家のため、私は魔法の下手な女を演じてきたのだ。ランス様の挑発は続く。
「嘘だと言うならば、彼女にも同じことをやっていただきましょうか?」
「面白い。それではやっていただきましょうか。皆さんも見たいですよね?」
ガイズが会場の人たちを煽る。
また拍手が鳴った。私にやれという大衆の意思表示だ。
「私の杖を使うといい」
ランス様から手渡された杖を手にする。
触れた瞬間に手に馴染む。やはり高い杖は違うなと感心する。
「皿は私が投げよう。さっきのガイズ様の時のように、遅く投げた方がいいのかな?」
ランス様はわざとみんなに聞こえるような大きい声で言った。
クスリと笑う人もチラホラといる。
「いえ、あんなに遅く投げる必要はありません。もっと早く投げてください」
会場中が大いに盛り上がる。もちろんガイズの額には青筋が浮いている。
私が杖を構えると、ランス様が皿を素早く投げた。
元傭兵の父から受け継いだ動体視力と空間把握、母親譲りの精密な魔力制御。
これらが組み合わさると、飛ぶ皿を落とすことは容易い。
出力を抑えた風魔法が、空中の皿を一瞬で射抜いた。
おおーっ、とガイズの時とは比べものにならない感嘆の声が上がった。
ランス様も大きく拍手する。
「実に卓越した技術だ。しかもガイズ様と違って壁に当てることもない。素晴らしいよ」
「いえ、ランス様の杖が良いんです」
この結果に一番動揺しているのは当然ガイズだ。
全身をわなわなと震わせている。
「ランス様、何回か連続で投げていただいても大丈夫ですよ。方向もバラバラで問題ありません」
「承知した」
言われたようにランス様が皿を連続で投げていく。
私はすべて風の弾で射抜く。
会場中のあちこちで、今日一番の歓声が湧き起こった。
興奮する観衆とは対照的に、ガイズは真っ青な顔になる。
「ユ、ユミル……どうしてそんなに魔法が上手くなった? どこで習ったんだ!?」
「習った? いえ、私は元々これくらいは簡単にできておりましたよ」
「……は?」
「ガイズ様はあまり魔法がお得意ではないようでしたので、一歩下がって下手なフリを続けてまいりました。結婚生活で一番頑張ったことかもしれません」
おどけたように言うと、会場中が笑いの渦となった。
さらにランス様も私に乗っかって彼をからかう。
「まあ、新しい奥様はそれほど魔法がお得意ではなさそうなので、ガイズ様も自信を取り戻されるでしょう」
もはや腹を抱えて笑っている人もいる。ガイズの妻も恥ずかしそうにする。
これでは侯爵様の面目まで丸潰れだ。
激憤したガイズは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「黙れ! 子供が産めない女なんて、何の価値もない! お前は一生誰からも愛されることなく、寂しく生きていくしかないんだ!」
正直、結構効いた。
私は恋愛体質ではないので、放っておいたら誰とも関わらないまま一人で過ごす可能性はあるし、何より母親になれないのが悲しい。
それでも言われっぱなしは腹が立つので反論しようとして──
ランス様が先に一歩踏み出した。
「ガイズ様、見苦しいですよ。子供を産める産めないで女性の全てを判断するなど、なんと浅慮なことか。心の底から軽蔑しますよ」
「なんだと!?」
ガイズは負けじといきり立つが、意外なことに侯爵がランス様側につく。
「ガイズ君、失言だぞ! ここにはお子様のいない婦人も多くいらしている。前言撤回しないのならば、侮辱として扱うぞッ」
「そ、そんなつもりはありませんでした……! これは大変失礼しました……。申し訳ございませんっ!」
侯爵に正論をぶつけられて、ガイズの安いプライドがへし折れてしまった。
周りにへこへこと頭を下げ、情けない姿を見せる彼に、ランス様はさらに物申す。
「貴方はもう一つ間違っている。彼女が誰からも愛されることなく孤独に過ごす、という点です」
突然、ランス様が私の前でひざまずき、真剣な眼差しでこちらを見上げてくる。
「指輪も何も用意していない状態で大変失礼だが、それでも言わせてほしい。ユミル……私と結婚してはくれないか?」
心臓が飛び出そうになった。
この流れでプロポーズなど想像もしていなかった。
そもそも私とランス様はお互いに多少の好意はあれど、決して恋愛関係に発展するような仲ではない。
遠くの呼吸さえ聞こえそうなほど静まり返る会場。
誰もが思考が追いつかないようだった。
私は迷ったが、自分の直感を信じてランス様の手を取る。
「ええ、喜んでお受けします」
高揚した私たちが手を繋いだ瞬間、侯爵が喜びの一声を上げる。
「これはめでたい。あのランス伯爵がご結婚をなさる。皆様、祝いの乾杯をあげましょう!」
それを合図に、人々が盛大に祝ってくれる。
主役の座を奪われたガイズは泣きそうな顔で、こちらを見つめていた。でも侯爵に背中を小突かれ、拍手せざるを得なくなった。
私たちは周囲の人に笑顔を振りまいて応える。
それにしても、なんなのかな……この超展開は?
私が一番混乱していた。
⭐︎
夜会も無事終わって会場を出ると、ランス様が私の手をそっと引く。
「私の馬車で一緒に帰ろう。大事な話がある」
私は頷いて馬車に乗り込んだ。
少し走り出してから、彼はおもむろに口を開く。
「突然、求婚してすまなかった。だいぶ驚かせてしまったね」
「ええ、だいぶ驚きました。でも何かお考えがあるのでしょう?」
ランス様は私のことを愛してはいない。
プロポーズは不自然に感じていた。
「隠しても仕方ない。正直に話すよ。……私が君に求婚したのは息子のためだ」
納得がいった。彼はいつも息子さんのことを気にかけているように思えたから。
「あいつには、これまで多くの母がいた。実母と六人の継母だ」
「六人!?」
「おかしいだろう? でも、誰一人息子を愛する女性はいなかった」
それは息子さんが可哀想すぎる。
どんな子だって愛すべきポイントなんていっぱいあるのに。
「君の子供たちへの向き合い方を見て、この人ならもしかして……いい母親になるのではと感じたんだ」
私は静かに感動していた。
客観的に見て、私に母親の素質があると言ってもらえたのだ。
こんなに興奮することはない。
「もちろん、君の家には支援を行う。君自身も生活に困らないようにする。もし私が男として魅力ないと感じるなら……表立ってでなければ、他の男と愛し合っても構わない」
どんどんと私に配慮した条件が出てくる。
つまり、子育てさえしていれば大方のことは目を瞑ると。それだけランス様は息子さんが第一だってことね。
私は母親になれるのが嬉しすぎて言葉が出ないでいると、ランス様は勘違いしたらしい。
珍しく、少し目が泳いだ。
「き、君が怒るのもわかる……。夫としては最低かもしれないが、君の要望はなるべく聞くようにする」
「怒る? いいえ、嬉しいんです。だって私、母親になれるって事ですものね!」
「……んえ?」
ランス様から拍子抜けした声が漏れた。
予想していた態度とあまりにも違ったからだろう。
私は彼との距離を詰め、質問する。
「息子さんのことを教えてください! 名前は?」
「ア、アジュというんだ……」
アジュかぁ!
ランス様は戸惑いながらも、アジュことを色々と教えてくれた。
私は子どもになるアジュの情報を聞き逃さないように、全神経を集中させるのだった。
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