世界は平和に満ちている
その男は国を代表する立場だった。
そして、男の所属する国は偉大で強大な力を持っていた。
男は平和を望んでいた。
世界は平和であるべきで、それを実現できるだけの力があると男は信じていた。
ある時、男は思った。
かの国は危険だ。
世界の平和のために危うい思想に汚染されている、放置すれば世界が滅びる、と。
その男は力を使うことにした。
彼我の差は歴然。
男の国がその気になれば、かの国に巣食う有象無象の輩はすぐに逃げ出し、平和が訪れる。
かつての島国がそうであったように。
「なぜだ。なぜあいつらは降参しない?」
男が尋ねる。が、軍の責任者は答えに詰まった。
「答えろ。我らがあいつらに負けると言うのか?」
「いえ、そのようなことはありえません。我らの方がはるかに有利です」
「圧倒的と言え。なのになぜ奴らは降参せん? 狂っているのか?
爆弾をいくつか落としてやれ。そうすれば自分たちの立場がわかるだろう」
男の指示に従い爆弾がさらにいくつか落とされた。
しかし、かの国は自国に貝のように閉じこもり、抵抗を続けた。
「なぜ、奴らは降参しない。なぜ奴らはまだ抵抗を続けられるのだ」
「敵は自分の国全体に戦力を分散させています。爆撃だけでは抵抗を止めることは困難です」
「そんなことはない。爆撃が足りないだけだ。
今すぐ必要なだけ爆弾を落とすのだ。忌々しい抵抗をできないようにしろ」
その国はさらに爆弾を落とした。
ミサイル基地や軍事的な集積地などがいくつも破壊された。
しかし、かの国は、辛抱強く抵抗を続けた。
抵抗がやむことはなかった。むしろ激しさが増した。
そして、かの国の抵抗により、男の国の兵士たちも命を落とした。
男は国民に語りかけた。
「われわれは戦争を望んでいない。しかし、平和には犠牲が必要だ。
そして、彼らには相応の責任を取ってもらう」
「今すぐ奴らの息の根を止めてやれ!
町にも森にも爆弾の雨を降らせてやれ。
住むところを根こそぎなくしてやれば、降参するだろう」
男は激怒して軍の責任者に向かって叫んだ。
「しかし、そんなことをすれば世論から非難される恐れがあります」
「馬鹿なことを。これは平和を勝ち取るための処置だ。
責任はすべて奴らにある。
悪いのは奴らだ。
我々が非難されるはずがない」
爆弾が雨あられのように落とされ、敵国の町から灯が消えた。
浄水施設が止まり、病院の発電機が止まり、薬の届かなくなった病室で子供たちが死んだ。
男の執務室には、毎日、その戦果が伝えられた。
たくさんの数字の羅列。
推定損害。
副次的被害。
戦略的圧力。
そこに男や女、老人、子供の区別はなかった。
あるのは効率と効果。それだけだった。
やがて敵国は停戦を申し入れた。
停戦協定の調印式で、男は微笑んだ。
「本日、世界に平和が戻りました」
各国の首脳が拍手した。
新聞は男を決断の人と呼んだ。
その時、ある賞の選考委員会は声明を発表した。
困難な状況において対話への道を開き、国際平和の実現に多大な貢献をした男に平和賞を贈ると。
その報を受けた男は、笑みを浮かべると、言った。
「俺の言った通りじゃないか。世界がちゃんと認めている」
記者会見で、記者が尋ねた。
「あなたの決断によって、多くの民間人が亡くなりました。そのことをどう考えますか」
男は穏やかに答えた。
「戦争を終わらせるには、戦争を知る者が必要なのです」
授賞式の夜。
男は壇上で誇らしげに賞を掲げながら、感謝の言葉を述べた。
「この平和賞は、平和を成し遂げた者だけに与えられるものではありません。
ただ争いを避けるだけでは、平和は得られません。
平和とは、時に戦う勇気を持つ者によって勝ち取られるものです」
男は会場を見渡し、微笑んだ。
“More than the achievement of peace, it symbolises the quest for peace.”
繰り返し繰り返し平和は訪れる。
世界は平和に満ちている。
2026/07/25 初稿




