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世界は平和に満ちている

作者: 風風風虱
掲載日:2026/07/25

 その男は国を代表する立場だった。

 そして、男の所属する国は偉大で強大な力を持っていた。


 男は平和を望んでいた。


 世界は平和であるべきで、それを実現できるだけの力があると男は信じていた。


 ある時、男は思った。


 かの国は危険だ。

 世界の平和のために危うい思想に汚染されている、放置すれば世界が滅びる、と。


 その男は力を使うことにした。


 彼我の差は歴然。

 男の国がその気になれば、かの国に巣食う有象無象の輩はすぐに逃げ出し、平和が訪れる。

 かつての島国がそうであったように。

 

「なぜだ。なぜあいつらは降参しない?」


 男が尋ねる。が、軍の責任者は答えに詰まった。


「答えろ。我らがあいつらに負けると言うのか?」

「いえ、そのようなことはありえません。我らの方がはるかに有利です」

「圧倒的と言え。なのになぜ奴らは降参せん? 狂っているのか?

爆弾をいくつか落としてやれ。そうすれば自分たちの立場がわかるだろう」


 男の指示に従い爆弾がさらにいくつか落とされた。

 しかし、かの国は自国に貝のように閉じこもり、抵抗を続けた。


「なぜ、奴らは降参しない。なぜ奴らはまだ抵抗を続けられるのだ」

「敵は自分の国全体に戦力を分散させています。爆撃だけでは抵抗を止めることは困難です」

「そんなことはない。爆撃が足りないだけだ。

今すぐ必要なだけ爆弾を落とすのだ。忌々しい抵抗をできないようにしろ」


 その国はさらに爆弾を落とした。

 ミサイル基地や軍事的な集積地などがいくつも破壊された。

 しかし、かの国は、辛抱強く抵抗を続けた。

 抵抗がやむことはなかった。むしろ激しさが増した。

 そして、かの国の抵抗により、男の国の兵士たちも命を落とした。


 男は国民に語りかけた。


「われわれは戦争を望んでいない。しかし、平和には犠牲が必要だ。

そして、彼らには相応の責任を取ってもらう」


「今すぐ奴らの息の根を止めてやれ!

町にも森にも爆弾の雨を降らせてやれ。

住むところを根こそぎなくしてやれば、降参するだろう」


 男は激怒して軍の責任者に向かって叫んだ。


「しかし、そんなことをすれば世論から非難される恐れがあります」

「馬鹿なことを。これは平和を勝ち取るための処置だ。

責任はすべて奴らにある。

悪いのは奴らだ。

我々が非難されるはずがない」


 爆弾が雨あられのように落とされ、敵国の町から灯が消えた。

 浄水施設が止まり、病院の発電機が止まり、薬の届かなくなった病室で子供たちが死んだ。

 男の執務室には、毎日、その戦果が伝えられた。

 たくさんの数字の羅列。

 推定損害。

 副次的被害。

 戦略的圧力。

 そこに男や女、老人、子供の区別はなかった。

 あるのは効率と効果。それだけだった。


 やがて敵国は停戦を申し入れた。

 停戦協定の調印式で、男は微笑んだ。


「本日、世界に平和が戻りました」


 各国の首脳が拍手した。

 新聞は男を決断の人と呼んだ。

 

 その時、ある賞の選考委員会は声明を発表した。

 

 困難な状況において対話への道を開き、国際平和の実現に多大な貢献をした男に平和賞を贈ると。

 その報を受けた男は、笑みを浮かべると、言った。


「俺の言った通りじゃないか。世界がちゃんと認めている」


 記者会見で、記者が尋ねた。


「あなたの決断によって、多くの民間人が亡くなりました。そのことをどう考えますか」


 男は穏やかに答えた。


「戦争を終わらせるには、戦争を知る者が必要なのです」


 授賞式の夜。

 男は壇上で誇らしげに賞を掲げながら、感謝の言葉を述べた。


「この平和賞は、平和を成し遂げた者だけに与えられるものではありません。

ただ争いを避けるだけでは、平和は得られません。

平和とは、時に戦う勇気を持つ者によって勝ち取られるものです」


 男は会場を見渡し、微笑んだ。


“More than the achievement of peace, it symbolises the quest for peace.”





繰り返し繰り返し平和は訪れる。


世界は平和に満ちている。 




2026/07/25 初稿

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