世界のあいだで
俺には超能力がある。
とてもいらない超能力。
外で俺が歩いた道は陰になる。
時間が経てば元に戻るが、いい迷惑だろう。
ああ、死にたい。
俺は日陰者でいい。
でも迷惑をかけるのは違うだろう?
なんで生まれてきてしまったのだろうか。
俺はある女と出会った。
俺が歩いた道を見て
「わあ!!すごい!!日陰なんて久しぶりに見たわ!」
と騒ぎ立てた女だった。
近付いてきた女を、俺は無意識に避けた。
女は悲しそうな顔をした。
その表情に気付いた瞬間、違和を覚えた。
日陰が消えている。
こんなに早く消えるはずはないのに。
女は少し俯いて言った。
「あ、消えちゃった……やっぱりダメね。」
俺は尋ねた。
「あの、日陰を久しぶりに見たってどういうことですか。」
女は慌てたように答えた。
「興奮して話しかけてごめんなさい!私ね、外をかんかん照りにするの。だから陰が全部消えちゃって……。」
ありえない話だった。
けれど、俺自身がありえないを体現している。
そのうえ、目の前で見た。
自分の陰が消える瞬間を。
「俺も、歩いた道が陰になってしまう能力があって。」
そう言った時、女も気付いたのだろう。
二人同時に口にした。
「……今、普通じゃない?」
俺の陰は消え、女の激しい明るさも消えていた。
世界が、普通になっていた。
なんという奇跡だと思った。
それから、二人で出かけることが増えた。
最初は確かめるためだった。
並んで歩けば、本当に何も起きないのか。
公園。商店街。川沿いの道。
どこを歩いても、空は普通に青く、地面には普通の陰が落ちた。
「ねえ、見て。木が元気そう。」
彼女は嬉しそうに笑った。
俺は初めて、自分の足元を怖がらずに歩いた。
彼女は太陽みたいによく笑う人だった。
でもきっと、ずっと一人で歩いてきたのだろう。
陰を消してしまうから、その場が酷く暑くなるから、誰かの隣に長くいられなかった。
俺も同じだった。
日が当たらないということは、何も育たないということ。
心が寒くなる。
だから隣にいられる時間が幸せだった。
気付けば、一緒に過ごす時間の方が長くなっていた。
「ねえ。」
ある日、彼女が言った。
「あなたといると、夜みたいで落ち着く。」
「……夜?」
「うん。優しい夜。」
俺は少し笑った。
「じゃあ君は月だな。」
「月?」
「暗くても、ちゃんと光ってる。」
彼女は照れたように笑った。
その時、きっともう、俺たちは恋をしていた。
季節がいくつも過ぎた。
告白は特別なものじゃなかった。
並んで歩きながら
「これからもずっと一緒に歩いていきませんか。」
それだけだった。
彼女は少し泣いて
「もちろん。」
と答えた。
結婚式の日、空は晴れていた。
誰も眩しすぎず、誰も暗くならない。
ただ穏やかな光だった。
「私たち、二人でやっと世界にちょうどよかったんだね。」
俺は頷いた。
欠けていた者同士が並んで、初めて普通になれた。
やがて子供が生まれた。
俺たちは少しだけ怖かった。
この子にも変な能力があるんじゃないか、と。
不安が的中したのは春だった。
庭に植えたばかりの小さな苗に、
子供が手を伸ばした。
触れた瞬間、葉がわずかに揺れ、新しい芽がひとつ開いた。
俺と彼女は目を見合わせた。
何度か確かめて分かった。
この子は、触れた植物の成長をほんの少しだけ早める。
「よかったね。」
彼女が静かに言った。
「壊す力じゃない。」
俺は胸が熱くなった。
劇的じゃない。
奇跡と呼ぶには控えめすぎる、小さな力。
けれど確かに、命を前へ進めていた。
俺は陰を生み、彼女は光を強めすぎてしまう。
どちらも世界を極端にしてしまう力だった。
でも、この子は違う。
ただ少しだけ、背中を押す力。
不安が安心に変わった。
三人で公園を歩いた日。
俺が歩けば陰が伸び、彼女が歩けば光が強まり、二人で並べば均衡が保たれる。
その真ん中で、子供が草に触れる。
踏まれて弱っていた草が、少しだけ起き上がった。
「陰と陽の間に、この子がいるんだね。」
彼女が言った。
空は昼でも夜でもない、柔らかな夕方の色だった。
俺はずっと思っていた。
自分はただの日陰者だと。
存在するだけで迷惑をかける人間だと。
でも違った。
陰があるから、休める場所ができる。
光があるから、前が見える。
そして成長するには、そのどちらも必要だった。
子供が花に触れる。
つぼみが、ほんの少し膨らむ。
急がせない。
無理をさせない。
ただ、「大丈夫だよ」と言うみたいに。
小さな手が俺の手を握った。
人は植物じゃない。
急に成長なんてしない。
けれど、胸の奥で、何かが少しだけ前へ進んだ気がした。
そうだ。
俺たちは、間違いじゃなかったんだ。
陰も、陽も、どちらかだけでは生きられない。
二つが出会い、その間に生まれた命が、未来を育てていく。
道には三つ陰が落ちている。
世界のあいだで、今日も俺たちは生きている。




