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【連載版】夫は私を湖に沈め初恋の令嬢を救った――そして私は家族を捨てる  作者: 雛雪


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第6話 私の席

そこは私の席よ!激おこ╰(°ㅂ°╬)╯プンプン丸

その日のお茶会は朝から静かだった。


晴れてはいたが、光は柔らかく、

庭の緑もどこか控えめに見えた。

使用人たちの動きに無駄はない。

それは私が整えた通りの流れだった。


お茶会の席順は前夜のうちに決めてある。

誰がどこに座るか。

誰と誰を隣にするか。

それは単なる配置ではなく、

会話の流れと場の温度を決めるものだ。


いつもなら当日になって変わることはない。


だが、

席に案内された瞬間、

私は足を止めた。


夫の隣にはエレンがいた。

そして、その隣が私だった。


一瞬、視界が歪んだ気がした。


席の配置そのものはそう失礼ではない。

形式上も問題はない。

だが、それは「私が決めた席」ではなかった。


周囲を見渡す。

夫人たちは微笑んでいる。

柔らかく穏やかで、

何もおかしなことはない、という顔。


けれどその笑顔は、

私の目にはひどく冷たく映った。


誰も驚いていない。

誰も戸惑っていない。


――気にしてないのだ。


私は席の変更を促そうと、

エレンの方へ近づいた。


言葉はまだ選んでいなかった。

「あちらの席に移動して頂けるかしら?

そこは伯爵夫人の席なのよ」

それだけで済む話のはずだった。


私が近寄った、その時だった。


不意に、

エレンが立ち上がった。


椅子を引く音。

ほんの少し、強すぎた動き。


次の瞬間、

彼女の身体が傾いた。


バランスを崩す気配。

何かにすがろうとするような、

遅れた動作。


そして、

床に崩れ落ちた。


「……っ」


小さな呻き声。


私は反射的に手を伸ばした。

助け起こそうとした。

それだけだった。


その拍子に、

肘がテーブルに当たる。


カップが弾かれ、

紅茶が宙を描き、

私のドレスに降りかかった。


熱さよりも先に香りが立った。


静まり返る室内。


「伯爵夫人に……押されましたの。そこは貴女の席ではないと言われて…」


震える声。


私は凍りついた。


助け起こそうとした手が宙で止まる。


違う。

そんなはずはない。


けれど、

誰もそれを見ていない。


見えたのは床に倒れた彼女と、

そのすぐそばに立つ私だけ。


その時、気づいたことがあった。

エレンの周囲には、ほんの一瞬、誰もいなかったのだ。


彼女の背後にいたはずの令嬢は給仕に声をかけるために視線を外し、

反対側の客はちょうど紅茶を口に運んでいた。

夫は他のお客様の対応をしていた。

使用人たちも見ていない…?


ほんの数秒。

けれど、その数秒のあいだ、

彼女がどう立ち、どう倒れたのかを、

きちんと見ていた者は一人もいなかった。


視線が集まる。

怯えた表情のエレンと立ち尽くす私へと。


「あんなに優雅に見えて。中身は……嫉妬かしら。…怖いこと」

「エレン様、お可哀想に。あんなに震えて……」


さきほどまで笑っていた夫人たちが、

一歩、私から距離を取った。


私のドレスを気にする者はいない。

紅茶で濡れた布地が重く、冷たく肌に貼りついているというのに。


夫が近づいた。


エレンを支え、その顔を覗き込み、

それから私を見た。


「なぜ、こんな真似を…。

何を勘違いして取り乱しているんだ?」


低い声。


「彼女がどれだけ傷ついているか、

今の君には見えないのか」


夫の瞳と言葉の中に、私への配慮は欠片もなかった。

そこにあるのは見知らぬ他人を憐れむような、透き通った軽蔑だけだった。


――周囲の客がひそひそと囁き合う声さえ、遠い世界の出来事のように、

私の耳には届かなかった。


私は口を開いた。


違う、と言おうとした。

私は押していない、と。

助けようとしただけだ、と。


けれど、

声が出なかった。


ここで何かを言えば、

私は言い訳をする人間になる。


沈黙すれば、

すべてが事実として定着する。


その二択しか、

残されていなかった。


だけど私は何も言わなかった。

言えなかった。


夫と使用人がエレンを支え、

別室へと連れて行く。


お茶会は中断された。

だが誰も私を気遣わない。


視線は避けられ、

言葉はかけられず、

私はそこに立ち尽くした。


紅茶の染みはドレスに残ったままだった。


洗えば落ちるかもしれない。

だが今日の出来事は簡単には消えない。


私ははっきりと理解した。


ここではもう、私の声は届かない。

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― 新着の感想 ―
本当にやってても責められる筋合いはない気がするなぁ。
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