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【連載版】夫は私を湖に沈め初恋の令嬢を救った――そして私は家族を捨てる  作者: 雛雪


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2/10

第2話 聞こえない足音

第3話は夜に投稿しますm(_ _)m

エレンが来てからも、

屋敷の一日は表向きには何一つ変わらなかった。


朝は鐘が鳴り、

使用人たちは持ち場へ散っていく。

朝食の支度が整い、夫は新聞を広げ、

息子は眠そうに席につく。


私はいつも通り少し遅れて席に着いた。


食卓に並ぶ料理を一目見て、

頭の中で確認する。


――焼き加減は問題ない。

――ソースは昨日より軽い。

――季節の果物は、息子の好みに合わせた切り方。


すべて私が指示した通りだった。


夫は私の采配に気づかない。

息子も気に留めない。

それでいい。


食後、私は執務室へ向かった。

帳簿を開き、昨日の支出と今日の予定を照らし合わせる。


そこへ家令が入ってきた。


「奥様、庭師の件ですが」


私は顔を上げた。


「南側の生垣ですね?」


家令は少し驚いたように目を瞬かせ、頷いた。


「はい。日照の関係で植え替えを検討しております」


「今は見送って。

 秋口にもう一度判断しましょう」


理由を説明する必要はない。

家令は「承知しました」と一礼し、

迷いなく次の仕事へ向かった。


それがいつものやり取りだった。


昼前、執事が訪ねてきた。


「奥様、本日の来客ですが、予定より一刻ほど早まるとのことです」


「応接間はそのままで。

 お茶を一度引いて、出す物は軽い菓子に切り替えて」


「かしこまりました」


執事は私の指示を疑わない。

それが正解だと知っているからだ。


エレンはその頃、庭を散歩していた。


白い日傘を差し庭師に声をかけ、

花の名前を尋ねている。


その姿は屋敷に不思議とよく馴染んでいた。


「奥様」


侍女が小声で言った。


「エレン様、昼食はご家族の皆さまと一緒にお取りしたいとのご要望です」


私は一瞬、考えた。


予定では客間で軽めの食事を取ることになっている。

だが拒む理由もない。


「分かりました。

 席を一つ増やして」


それだけで配置は決まった。


昼食は滞りなく進んだ。

エレンはよく笑い、話題を選び、

誰の機嫌も損ねなかった。


夫は上機嫌だった。


「静養にはうちの屋敷が一番だな」


私は微笑んだ。


その言葉の裏に、

屋敷を回している人間の存在はない。


午後、息子が廊下で使用人に声を荒らげた。


「なんでまだ用意できてないんだ」


私は足を止めた。


「どうしたの?」


息子は少しばつが悪そうに視線を逸らした。


「……だって遅いから」


私は使用人を見た。


「理由は?」


「申し訳ありません。

 別の用件を先に頼まれておりまして……」


「分かりました。

 では次からは私に先に言いなさい」


それで終わりだった。


息子には何も言わなかった。

叱るほどのことではない。


背後でエレンが静かに息子の肩に手を置いた。


「待つのも大切よ」


その声は柔らかく、否定を含まない。


息子は小さく頷いた。


私はその様子を横目で見ただけだった。


屋敷は今日も問題なく回った。


帳簿も人も予定も、

すべて私の判断の上にあった。


それなのに、

夕方、ふと気づく。


誰も私に礼を言わない。


感謝されていないわけではないし、求めてる訳でもない。

ただ、

そこに私がいること自体が前提になっている。


それは以前から、そうだったはずなのに。


なぜかその日、私は少しだけ、

ー自分の足音が聞こえなくなった気がした。


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