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【連載版】夫は私を湖に沈め初恋の令嬢を救った――そして私は家族を捨てる  作者: 雛雪


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第1話 初恋の令嬢

短編に肉付けしました。ストーリーの大筋や結末は短編版から変更ありません。

夫の初恋の令嬢が戻ってきた日、

屋敷の空気は目に見えないところで静かに形を変えた。


音が変わったわけではない。

誰かが声を潜めたわけでも、足音を忍ばせたわけでもない。

ただ、いつもと同じ朝のはずなのに、

廊下を流れる空気がわずかに軽くなったように感じられた。


それは突然の出来事ではなかった。


応接間の花が、いつもより夫の席に近づいただけ。

食卓の椅子が、一つずれただけ。

使用人たちの視線が私を通り越して、

誰かを追うようになっただけ。


どれも取るに足らない。

一つひとつを指摘すれば、

「気のせい」と笑われて終わる程度のことだ。


それでも私は気づいてしまった。

屋敷の重心がわずかに移動したことを。



この伯爵家を切り盛りしてきたのは私だった。


結婚当初、家政を回していたのは家令と義母だった。

私は新しく迎えられた若い妻で、

判断に口を挟むことはほとんどなかった。


だが義母が一線を退き、

家令が次第に私の判断を仰ぐようになると、

帳簿も人の配置も自然と私のもとに集まってきた。


「奥様はいかが思われますか」


その一言で、すべてが決まった。

決断を下すのは私で、

家令はそれを整え、執事は形にする。


それが、いつの間にか当たり前になっていた。


夫はそれを知っていた。

だが理解してはいなかった。


妊娠が分かったとき、

私は一部の業務を家令に戻した。

体調を考えれば当然の判断だった。


そのとき夫はほっとしたように言った。


「無理をしなくていい。

家のことは元に戻せばいい」


彼にとって“元”とは、

家令が回している状態であり、

妻が中心に立つ姿ではなかった。


出産後、私は再び家政の中枢に戻った。

帳簿は滞りなく回り、

使用人の動きも乱れなかった。


だが、その変化を夫は意識していない。


屋敷が静かに正確に動いている限り、

「誰が回しているか」は問題ではなかった。


それが彼の伯爵という立場だった。


エレンが屋敷を訪れたのは、

そんな日常の延長線上だった。


彼女は明るく柔らかな笑みを浮かべ、

屈託のない口調で挨拶した。


黒い外套も、影のある態度もない。

むしろ人の懐に入るのが上手で、

視線を合わせる角度や声の抑揚を心得ている。


夫が彼女に手を差し伸べた理由は、

その場にいた誰もが理解できた。


「一時的な後見だ。離縁して行き場のない彼女を

しばらくここで静養させることにした」


そう断定されれば反対できる者はいない。


私は頷いた。


ここで拒めば、

私は慈悲のない正妻になる。

それだけの話だった。


エレンは客人として迎えられ、客間が与えられた。


その夜、私は執務室で帳簿を閉じながら、

小さく息を吐いた。


今日も屋敷は問題なく回った。

それは事実だった。


それなのに、

なぜか指先に微かな冷えが残っていた。


私はその理由を考えなかった。

考える必要はないと思った。


ただ、

夫が人助けをしただけだと、

その時はそう思っていた。

金曜日までに完結させます!

よろしくお願いします(*^^*)

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