人違いラブレター(呪いがついています)
怖いお手紙が届いた。
社会人二年目。新人ではないが先輩にもなり切れない日々に擦り切れつつ、帰宅。
しばらく見てないわぁと回収したポスト中身から出てきた。ほぼチラシの中に四角いから目立つ。
呪いって書いてあるからやべー手紙だ。呪いの手紙なんて小学生のいたずらでも発生しない。ただし文字はおどろおどろしいところもなくて、可愛い字だ。
ひとまずピザ以外のチラシをゴミ箱に放り込んでから、その手紙をよく見た。
茶封筒というものでもなく、品良い便箋。100円ショップではなく、文房具屋で買ったような高貴さがある。透けないくらいの紙の厚みがセレブだ。
「なにそれ?」
先に帰宅していた弟が聞いてきた。帰ってきたてるんだったらポスト見てきてもいいだろうに。
「ラブレターかも?」
高貴なレターセットに敬意を表してペーパーナイフで開封することにした。
「なんで、そこで、全く躊躇なく開ける」
「可愛い波動が……」
「……うん、まあ、あれだな」
かわいいが、呪いだな。
呪術師。
現存する最古の職業の座を争う一角。ほかは土建屋さんと風俗。そのくらい昔から呪術はあるらしい。陰陽師!? といわれることもあるが、それは大カテゴリの下の小カテゴリだ。
弟、実家を継いで呪術師。
「幸せになりますように。わたしと! だな」
「ストーカー……」
「ただ、宛名がなぁ」
宛名がない。相手の名前もない。さらに住所も書いてない。
直接投函されたってことだ。
それに、この部屋というのは二か月前に引っ越してきたばかりだ。都会に出るという弟を心配した両親が引っ越しなさいという言葉と共に入金してくれた金で。なんかあったので引っ越ししますなどといえる立場にもない。
「この二か月で誰かひっかけてない?」
「ナニカはひっかけたけど、おうちがあるし、日参しているので出てこない」
そう言ってご近所のおいなりさんを教えてくれる。ああ、あのひなびた(優しい表現)ね。
「じゃあ、りゅーちゃん?」
「いやぁん、そういうのは近づけないでぇ」
空中に浮いている美女風男性に尋ねてみても心当たりはないらしい。りゅーちゃん(本名不明)は、このマンションに憑いている。元オーナーで、不慮の事故で亡くなったあとからここに住んでるらしい。遺産相続で死ぬほど揉めて全員の夢枕に立ち、マンションを売らせて分配させてからずっといる。築30年くらいなので、20年くらい幽霊してる。
もう他人の家では、と思うが、わたしが、50年は住むつもりで建てたんだから50年は住むわよっ! だそうだ。
幽霊付きは人気物件だったりするから現オーナーも黙認している。
多少のプライバシーを引き換えに空き巣やらなにやらから守ってもらえるセコム。遠方で霊的問題があったら知り合いの知り合いを送ってあげるくらいにはお優しい。
そういう物件に、まじない、だ。
「陽キャは苦手よ」
「まじないにも陽キャがあるの?」
「怨念というより、強烈願望が眩しい。一点の曇りもない善意」
「……逆に、こわくね?」
そう言いながら弟は手紙の写真を撮って、どこかに送っていた。
「姉ちゃん、ごはんは?」
「食べたいので、準備してくれると嬉しいです」
「わたしもたべたいわ。あ、ビールね、ビール」
「発泡酒」
この家で酒を飲むのはこの幽霊だけだ。物質として存在していないのに何で飲むと思うけど、酒精ってもんをすすっているらしい。
いやいや、いけずぅと弟に憑いてった。
「スマホ鳴ってるよ」
「先輩だから出て」
「はぁい。
あ、どうも、史郎の姉の志保です。いつもお世話になっています。ちょっと弟は手が離せなくて、ええ、すみません。
手紙を郵便受けからとってきたのは私なんです。チラシの中に埋もれてまして、いやぁ……めんどくさくって。いつ頃来たかはわかんないですね。ピザのチラシがエビマヨから月見に変わっていったような気もするのでその間で。あ、食べそこなった? いや、月見おいしいので、ぜひ。多い? じゃあ、今度ピザパを……。
すみません。弟が睨んでます」
んっと手をだされてそっとスマホを返還する。弟の先輩の歩さんは私も顔を知っていてつい。
専門用語飛び交う話にはついていけず、食卓に着く。本日のおいしいお魚はサンマ。びろーんと骨をもちあげているあたりには話がついていた。
爆速。
「今までなにも出てないなら、なにもないだろう、だって。
姉さん知らん間に祓った?」
「家と職場往復する間になにかあったの?」
「あったらわかるわよん。あ、でも、そうね。猫がいたわ。猫又でもなさそうだから、放っておいたけど」
「その子は超絶愛らしいミルクティーちゃんですかっ!」
職場の駐車場に時々現れる可愛すぎる子猫。
「わかんないけど、子猫よ、子猫」
「……そういえば、ずっと子猫?」
思い出した。
入社の時も子猫だった。
今も子猫だった。
「モノノ怪の類だったんだね……。いつか家に連れて帰ろう、連れ込もうと思っていたのに」
「あらぁ、カワイイ猫ちゃんなら大歓迎よ。壁紙は諦めなさいね。出ていく時には修繕費としてきっちり巻き上げるわ!」
悪徳大家だ。
「猫ちゃんが、素敵便箋買えるかな?」
「人化できるなら可能では」
「そういう感じはしなかったわね。ツテがあれば、代筆してもらえるかもしれない」
うむ。全くわからない。
仕方がないので例の子猫ちゃんに会いに行くことになった。会社から帰宅したのに再度出社。
ほろ酔い幽霊と新米陰陽師と私の三人?は徒歩30分の道のりを歩くことになった。いつもは自転車で颯爽と飛ばしているのだが、へっぽこな弟は嫌だと。
「みるくてぃーちゃ~ん」
いつもいるねぐらに声をかけるとうみゃーと返事がきた。てとてと歩いてきて、幽霊を見上げてぎょっとしたようだった。
「あらぁ、ご同輩ねぇん」
にかっと笑った口が裂けて怖い。いつもは格納されている霊威も全開だ。周囲の幽霊がぎょっとして出て来ちゃうくらいに。
ぴぎゃーと悲鳴を上げて逃げる猫を弟が捕獲していた。走っててもとてとてとて……。可愛すぎて私、悶絶していたもので。
「小物だな」
「おねいちゃんのせーきあむあむしてごめんなさぁい」
幼い声が叫んで泣き始めた。
「合法的に食べられるようにうちのペットになりましょうそうしましょう、逃げることは許さない」
あまりにも可愛すぎて、弟から猫を強奪すりすりする。
「まて。姉ちゃんのほうが、問題発言」
「かわいそうねぇ」
「うみゃ? うみゃーっ」
すりすり、ふわふわ、かわいい。すはすは。
「……この態度でも出てこないってことは、やっぱり間違いの手紙か。
じゃあ、あれか」
「うん?」
「引っ越ししていった人、喰われた」
じーっと幽霊を見ると首を傾げた。表情豊富なわりに表情が読めない。
「先住者は?」
「え、守秘義務。うふふふ」
そこを何とかと拝み倒して聞けば、この世のすべてに疲れ切ったような会社員、だったらしい。仕事を辞めて実家に帰ると言っていたそうだ。
行方不明になってもしばらく見つからない条件がそろっているような……。
そこから弟は再度先輩に電話をかけ、相談していた。
「うちでなさそうなら、先に言ってください」
「えぇ? わかんないじゃない? この泥棒ネコチャンみたいに、よからぬ虫かもしれないし?」
ぞわっとした。ま、まさか、謎のフラグが!?
「あのマンションの生気はみんな私のためにあるのよ。ふふふふ。選び放題」
……。
もしや、疲れ切った会社員というのは、知らず生気を吸われちゃった結果では。
ちょーっと怖くなって聞けなかった。
「なんか、電話のあとで先輩が調べてくれたって。
実家にいるそうだよ。婚約者連れてきたって」
「そういうの聞き出すスキルって何なんだろ……。じゃあ、ご安全に?」
「あとで観測しに行かなきゃいけないって。出張」
「そのあとにピザパしよう、ピザパ」
そんな話をしながら帰宅。いやぁ、良かったよかった。うちにはネコが来るし、前の人は平気そうだし。
うちの妖しい幽霊のアレさからは目をそらすことにしよう。
家賃が妙に安かったのは、そんなアレですか!? ということとかな。もう一度引っ越しする資金もないし、実家指定ってことは他に行けそうもないし。
「あら、眉間にしわ。癖になっちゃうわよぉン」
宙に浮いている幽霊は私の眉間を伸ばそうとするもそのまま貫通。幽体ってやつはよぉ。ぷ、おもしろと弟が煽ってくる。
「ふっ、できる姉はそんなことでは怒らないよ」
家にあった高級アイス食べてやる。
こうして、ミルクティーな色の子猫が我が家のペットとして飼われることとなった。
相変わらず幽霊はビールと訴え、発泡酒を提供されている。
「あーもー、またチラシが……?」
ピザのチラシだけ抜いて、残りを捨てる。全く、賃貸に売ってくれって広告を入れる意義よ。無駄金だ。
「あら」
そのゴミ箱を見て幽霊が声を上げた。
「欲しいチラシあった?」
「なんでもないわ。そうね、なんでも」
にこりと笑ってそう締めた。なんだろう? と思ったのは一瞬で、猫のごはん、ごはんーっ!コールに心を奪われた。
さっきやったという弟の声に葛藤する。可愛いあの子を太らせるわけには!
平和な日常がそこにあった。
あらあら、わからせた、つもりだったのに、と呟く幽霊が、ストーカー幽霊とタイマンしているという事実は本人だけが知らない。




