暗いダクトの中
魔王城、とあるフロアのダクト。
「……」
冷たい金属の匂いと、淀んだ空気。
その狭い空間を、黒い影が音もなく這っていた。
彼はニンジャ。
謎に包まれた魔王軍諜報部の一員。
名も階級も表には出ない、影の存在。
――敵は内にあり。
その理念のもと、彼は日々、職員たちの動向を監視している。
不適切な発言をする者、資材を横領する者、人間界へ財産を流す者。
その一つ一つを見逃さず、直ちに報告し、やがて「処理」されるのだ。
「……」
ニンジャの耳が微かに揺れる。
【ヘル・イヤー】
彼が極秘裏に受けた肉体改造の成果。
聴覚は常人の十倍以上に強化され、わずかな衣擦れや、心臓の鼓動すら聞き分けられる。
床下を走るネズミの鳴き声。
遠くのフロアで響く書類の落ちる音。
果ては、息を潜めた者の喉が小さく鳴る音まで。
それらすべてが、彼の脳内で正確に位置情報へと変換されていく。
「……」
ダクトの狭闇に潜むニンジャの気配は、誰一人として気づくことがない。
今日もまた、魔王城は影に見守られながら、その巨大な機構を動かしているのだった。
ニンジャはダクトの闇に身を潜め、耳を澄ました。
――ヒソヒソ
――ヒソヒソ
ヘル・イヤーを発動。
まるで耳元で話されているかのように、会話の内容が鮮明に聞こえてくる。
「私ねぇ、ハンバーガーを2つ買って『ダブルチーズバーガー』にするのって納得がいかないんですの」
「そうかのぉ〜」
「だってね、そりゃぁ……僅かですけど安くなりますわよ?でもねぇ〜『あ、この人、ダブルチーズバーガーを安く食べたくてハンバーガー2個注文してるんだ』って思われるの癪に障るんですの!」
「そうじゃのぉ」
「牛丼屋だって……じゃあ、あんた……特盛の代わりに『並2人前』とかやらないでしょ?丼が2個並ぶんですのよ?おかしいでしょう?一人なのにどんぶり2個って」
「そうじゃのぉ」
「……」
ニンジャはしばし無言で聞き続けた。
――スッ。
音もなく姿勢を変え、ニンジャはダクトを滑るように移動していった。




