スーパーという名の戦場
アルセール大陸、ルクレシア領。
大都市サンセットにて。
——わいわい。
——ガヤガヤ。
休日のスーパーはどこも人であふれ返り、活気に包まれていた。
鮮魚コーナーでは新鮮な刺し身を求めて長蛇の列ができ、試食の皿をつつく手が絶えない。
お菓子売り場では子どもたちが駆け回り、袋を抱えて追いかけっこをする様子は、まるで即席の運動場のようだった。
そんな喧騒の中、エリシアが颯爽と姿を現す。
——ガラガラ〜。
ショッピングカートの金属音が響き、彼女は迷いなく通路を進んでいく。
陳列棚から食料品を次々と取り上げ、カートに収める手際はどこか戦場での指揮を思わせるほど無駄がない。
そして視線の先には、ひときわ目を引く「特上寿司」のパック。
多くの買い物客が「半額シール」を待ち、立ち尽くす中、エリシアは足を止めることなく、それを定価のままひょいと掴み取った。
誰もが一瞬、彼女の気風の良さに目を奪われる。
その様子は、戦場の勇者が迷わず剣を抜く瞬間にも似ていた。
そして、レジ前。
行列はじりじりと進み、カゴの山がベルトコンベアの上を流れていく。
「お会計、4590Gです」
淡々と告げるレジ係の声。
その瞬間、眼前の老婆がのんびりと頷き、ようやく財布を取り出す仕草を見せる。
「はいはい……ちょっとまってねぇ」
しかしそれは、すべての商品を打ち終え、袋詰めの準備が整った“その後”だった。
……遅い。
ここは休日のスーパー。すなわち、戦場である。
レジ前はまるで塹壕。行列は補給部隊の列であり、少しの遅滞が全体の混乱を招く。
敵兵がすでに押し寄せているのに、そこから悠長にライフルを取り出す兵士などいるだろうか?
その愚は致命的だ。
レジ打ちの店員も、財布を構える客も、呼吸を合わせてこそ成り立つ秩序。
一瞬の判断の遅れが全体を停滞させる。
この戦場においては、それこそが“野暮”の極みであった。
さて、エリシアの番が回ってくる。
——ピッ、ピッ、ピッ。
ベルトコンベアに流れる商品が次々とスキャンされる。
特上寿司。酒。お菓子。プリン。
カゴの中にあった品々が、赤外線の光を受けて順序よく処理されていった。
エリシアはすでにプリペイドカードを片手にスタンバイ。
その姿は、戦場で剣を抜き放つ瞬間のように隙がない。
「お会計、8550Gです」
告げられた金額に、彼女は即座に声を張る。
「1マンGチャージ!」
——ババ〜ン!
掲げられるカード。
そう、このカードはレジでチャージが可能なのだ。
店のシステムを熟知した者だけが繰り出せる、必殺の一手。
エリシアはさらに高らかにカードを掲げる。
「1マンGチャ〜ジ!」
——ババアァ〜ン!!
「……」
「……」
沈黙。
——ババアアァン!
「……」
「……」
店員、完全にポカーン。
困惑した視線をエリシアに向け、遠慮がちに口を開く。
「……チャージでしたら……あの、現金を……」
「あっ」
——いそいそ。
慌てて財布を取り出し、そこから一枚、1万G札を抜き取る。
「はい、お待ちください」
——ピロ〜ン♪
カードに無事チャージ完了。
「今度はお品物のお会計です。もう一度タッチを」
「……」
——ピロ〜ン♪
「ありがとうございました〜」
「……」
エリシア、会計済みのカゴを抱えてサッカー台へ。
「……」
無言で立ち尽くし、ようやく気づく。
「あっ」
そう、レジ袋を頼むのを忘れていたのだった。
「……」
おわり




