表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
660/725

究極形態

 アルセール大陸。

 対魔王軍組織ユニオン。




 ここは人類が魔王軍に抗うために築き上げた、最大にして最後の砦である。


 戦場で用いられる兵器、日夜鍛えられるソルジャー、そして各国から送り込まれた勇敢な戦力。すべてが一堂に集い、ひとつの巨大な軍事組織として機能していた。


 そのユニオンにおいて、最高戦力と呼ばれる存在がいる。




 聖騎士。




 一騎当千の武を誇り、その剣の輝きは人々にとって希望の象徴。

 彼女の存在そのものがユニオンの誇りであり、旗印であり続けてきた。




 今日もまた、彼女の個室オフィスには緊張感が張り詰めていた。




 ——コンコン。




 扉を叩く控えめな音が、静謐な空気を破る。


 その音に続いて、緊張を帯びた若い声が廊下に漏れた。




 一人の新米ソルジャーが、汗ばむ手で拳を握りしめながら扉の前に立っていた。




「おぉ……入れ!」




 凛とした、張りのある声が室内から響く。


 その瞬間、若者の背筋は無意識に伸び、胸の鼓動は高鳴った。


 彼が扉の向こうで待ち受けるのは、ユニオンの象徴にして伝説の戦士聖騎士である。




 ——ガチャ。




「失礼します!」




 ソルジャーは勢いよく扉を開け、すぐに深々と頭を下げる。




 足を踏み入れた瞬間、鼻をくすぐるのは紙とインクの匂い。窓際に差し込む光は、床一面に広げられた段ボールを照らしていた。




 ——ガサゴソ。




 部屋の中央で背を向けた聖騎士が、鎧を脱ぎ捨てた軽やかな姿で箱を整理している。




「すまんな、呼び出して」




 振り向かずに告げられる言葉。

 新米ソルジャーは即座に返す。




「い、いえっ!」




「ちょっと荷物の整理を手伝ってくれ」


「はい!」




 緊張で声が裏返りそうになりながらも、彼はすぐに動き出す。


 机の横に山のように積まれた段ボールから、聖騎士の指示に従ってゴミを分別していく。




「この書類は……」




 手に取った紙束を恐る恐る掲げる。




「それはシュレッダーだ。……そっちは、そうだな、デスクに積んでおけ」




 荷物の整理は淡々と続いていた。


 紙の束が積まれ、段ボールが動かされ、押入れに収まっていく。




 ——ガサゴソ。




「その段ボールをくれ」


「はい」




 ソルジャーが両腕で抱え上げた段ボールを差し出すと、聖騎士はそれを軽々と受け取り、押入れへ収めていく。




 だが、その中で一際大きな段ボールが、ソルジャーの目に止まる。




 他の箱とは違い、やけに存在感を放っている。




 ——がさ……。




 近づいて確認すると、黒々としたマッキーで書かれた文字が視界に入った。




「ヴァルキリー……なんとか……?」




 思わず声に出してしまう。




「あのう……これって……」


「ん?」




 聖騎士は振り返り、彼が抱えている箱を一瞥する。そして次の瞬間、何かを思い出したように頷いた。




「おお! これか!」


「……?」




 ソルジャーは怪訝な顔をする。


 聖騎士はにやりと笑みを浮かべ、声を低めて言った。






「これはな……もし強力な魔族を前にした時にのみ解放される……究極形態『ヴァルキリーアーマー』一式だ」






「おぉ……!」




 ——ゴゴゴゴゴゴ。




 まるで箱そのものがうなりを上げるかのように、重圧が室内を包み込む。ソルジャーの背筋に冷たい汗が流れる。




「この鎧を纏えば、あらゆる属性を無効化し……物理攻撃を軽減し……さらに呪いすら跳ね返す究極の仕様だ」




「そんな……ものが……」




 目の前の段ボールひとつが、戦況をひっくり返すほどの力を秘めているというのか。




 ——ゴクリ。




 ソルジャーは喉を鳴らし、生唾を飲み込む。

 その視線の先には、ただの段ボールとは思えぬ威容が鎮座していた。




 一体どんなアーマーなのだろうか。

 想像するだけで胸が高鳴る。




 ——ドキドキ。


 ——ワクワク。




 ソルジャーの目の前で、聖騎士はヴァルキリーアーマーBOXをひょいと持ち上げた。


 重々しい箱がまるで羽のように軽く扱われている。




「よしっと」




 ——ガサゴソ〜。


 ——ズズズうぅ!






 次の瞬間、その箱は力強く押し込まれ、押入れの暗闇に吸い込まれていった。






「ふう」




 安堵の息をつく聖騎士。




「えぇ!?」




 ソルジャーの叫びが響く。




 究極形態ヴァルキリーアーマー、押入れの主となる。




「ちょ! あの!」


「ん? なんだ?」




「そんなところにしまったら……」


「……?」




「取り出せないじゃないですかああ!」




 ——ガサゴソ〜。


 ——ガサゴソ〜。




 聖騎士は平然と箱を重ねていく。




 ヴァルキリーアーマーは「たぶんいらないしょるい」の段ボール、そして「夏コミ(去年)」と書かれた謎の箱でしっかりと塞がれていく。




 ——ズズウゥ!


 ——ガサゴソ〜。




「これで、よし」




 ——ガラガラ〜。




 押入れの扉が静かに閉じられた。




「あ、ああ……」




 ソルジャーはその場で膝から崩れ落ちそうになる。


 究極形態、永遠の眠りにつく。




「お、もう帰っていいぞ!」


「……」




「……あ、そうだ」


「……?」




「これでジュースでも飲め!」




 ——ちゃりん。




 小銭がソルジャーの手に渡される。




「……」




 ——バタン。




 ドアが閉じ、残された彼は無言のまま硬貨を見つめる。




「……」




 ソルジャー、静かに自販機へと歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ