やったね!ドルイド君!
魔王城、とあるオフィス。
——Prrrrrrr!
——カタカタ
——カチカチ
——ウィイイン
タイプライターのように響くキーボード音。
吐き出され続けるプリンターの書類。
受話器越しに交わされる事務的なやり取り。
ここは魔王城の一部署。
淡々と業務が回る中、一人だけ取り残されたような男が机に座っていた。
「……」
ドルイド君。
彼は机に両肘をつき、眼前の紙を睨みつけている。
右手にはボールペン。
ぎゅっと力を込めて握っているものの、ペン先は一向に紙面を汚さない。
「……」
机の上に広げられたそれは、書類でも報告書でもない。
ただの真っ白な画用紙。
「なにも……」
彼が呟いた声は、誰にも届かない。
オフィスは相変わらず、機械と事務仕事のリズムに支配されていた。
「なにも……思い浮かばないーんだ……」
——ぺら
手元に伏せられていた紙をめくる。
そこに記されていたのは一枚の告知。
【魔王城主催、絵画展のお知らせ】
中央区の美術館を貸し切り、職員たちが応募した絵画を展示する。そんな催しの告知だった。
暇を持て余していたドルイド君は、上司から「暇つぶしにでも応募してみろ」と軽く言われたのだ。
結果、このありさま。
白紙のキャンバス。
握りしめた4色ボールペンは、ただの握力トレーニング器具と化している。
——Prrrrrr!
――はいもしもし〜
——カタカタ
オフィスの空気は止まらない。
だが彼だけが取り残されている。
「どうしよう……描くことがないぃんだ……」
だが芸術とは、自由そのもの。
ドルイド君は深く息を吸い込み、応募用紙の「作品タイトル」欄にペンを走らせた。
——スッ……
右手を一度だけ動かす。
タイトルは――
【_】
ただのアンダーバー1個。
すなわち「無題」を意味するそのしるし。
「よし、これで応募する〜んだ♪」
——ガサガサ
満足げに、彼は応募用紙と「作品」と呼ぶべき真っ白な画用紙を、用意された封筒へ丁寧に収めた。
数日後。
——ワイワイ
中央区の美術館。
入口に掲げられた立て看板には、堂々と【魔王城絵画展】の文字が踊っていた。
館内は熱気に包まれている。
職員たちが腕によりをかけた作品が壁一面に並び、見物客が感嘆の声を上げていた。
——鮮やかな色彩で描かれた、カラフルなサラマンダー。
——迫力に満ちたオーガの自画像。
——雄々しく牛にまたがる戦乙女の姿。
「おぉ……これは……あの部署のやつか」
「こっちの絵もなかなかうまいなぁ」
観客たちは口々に感想を漏らし、展示会場は賑わいを増していく。
その一角。
ドルイド君の作品【_】もまた、堂々と飾られていた。
しかし華やかな賑わいを切り裂くように、その場に乱入者たちが現れた。
「ちょっと!何してるんですか!?」
「やめろ!やめろ!」
警備員たちが慌てて駆け寄り、謎の集団と押し問答を繰り広げる。
「うるせぇ〜!」
「そこをどけええぇ!」
——ざわざわ
——ドヨドヨ
突如として現れた不審な集団に、会場の客たちは動揺を隠せない。
そのうちの一人が警備員を突き飛ばした。
「おらあぁ!」
——ドン!
「うお!?」
そして、抱えていたものを壁に向かって投げつける。
——バシャアアアァ!
赤黒い液体が飛散し、オーガの自画像が一瞬で真っ赤に染まった。
隣のカラフルなサラマンダーの絵までもが、血のように赤く塗り潰される。
「絵を描く暇があるなら……」
「環境汚染に目を向けろおおおおおおぉ!」
「うおおおおおぉおぉ!」
——バシャアアアァ!
——バアァン!
——ベチイィ!
次々と投げ込まれるペンキ缶。
飛散する液体が壁や床を汚し、鼻を突く有機溶剤の匂いが会場を覆っていく。
混乱、悲鳴、罵声。
制作者たちは呆然と立ち尽くし、目の前で壊されていく作品をただ見守るしかない。
「俺の……絵が……」
「やめろおおお!なにしてんだあああぁ!」
「止めろ!止めろおお!」
環境テロリストたちは狂乱のまま、次から次へとペンキ缶を投げつけていく。
——バシャアァ!
——ぐしゃあぁ!
観客の悲鳴と混じり合うように、スマホのシャッター音が響く。
その場に居合わせたジャーナリストたちは、慌てて機材を構えた。
「何が起こってるんだ……?」
「あいつら……環境テロリストだ!」
「特ダネだあああぁ!」
「カメラもってこい!」
フラッシュが明滅し、騒然とした会場をさらに掻き立てる。
環境テロリストのひとりが、レンズの前に仁王立ちとなり声を張り上げた。
「見ろ!政治家共は……中央を発展させることばっかり考えて……」
「その裏でどれだけ……山が……川が……!」
「お前らは……環境を汚しまくってるんだ! この絵と同じようになぁ!」
——バシャア!
——バシャアアァ!
次々と飛ぶペンキ缶。
展示された作品たちが無残に赤へと塗り潰されていく。
そして、とうとうドルイド君の作品【_】にも赤い飛沫が叩きつけられた。
——バシャぁ!
真っ白な画用紙は、一瞬で血飛沫を浴びたように赤へと染まる。
「あぁ……」
その光景をドルイド君はただ見つめている。
混乱の最中、ドルイド君は壁に掛けられた自分の作品へと歩み寄った。
周囲が騒然とする中、額縁からそれを引き抜く。
「よし……僕の絵が出来た〜んだ♪」
——ワーワー!
——やいのやいの!
——ガシャアァン!
「こらああぁ!」
「警察!警察呼んで!」
「オラの……オラの絵が……あぁ……」
悲鳴と怒号を背に、ドルイド君は【_】を抱えて会場を後にした。
それから少しして――
ここは、とあるアートギャラリー。
「〜♪」
店主は暇を持て余し、カウンターでYoutubeを眺めていた。
——ガチャ
扉の開く音。来客だ。
「いらっしゃいませ〜」
投げやりな声をかける。
「絵を、絵を売りに来た〜んだ!」
息を切らしながらトコトコと歩いてきたドルイド君。
脇には抱えた真っ赤な【_】。
「えっと……」
店主はすぐに鑑定モードへ切り替える。
「僕のオリジナルな〜んだ♪」
「なんだ、オリジナルか……」
有名画家の作品ならともかく、素人のオリジナル作品に価値などあるはずもない。
「お客さんねぇ〜」
だが、ドルイド君は得意げにスマホを取り出した。
「ほら!これ!これなぁ〜んだ!」
画面にはニュースサイト。
【中央区の美術館でペンキ缶が投げられる】
【環境活動家が声明を発表】
【魔王城主催の展示会が無惨に】
すでに先ほどの騒動が記事になっていた。
そこに映る動画。真っ赤に染められたキャンバス。
「ほら!これ僕の!僕の!」
「……」
店主、完全に困惑。
「歴史的な一枚な〜んだ♪」
「歴史……的……」
そして——
「ありがとうございました……」
ルンルン顔でギャラリーを後にするドルイド君。
結局、売れた。
5000Gで。
おわり。
数日後。
テクテクと道を歩いていたドルイド君。
ふと目に入ったアートギャラリーのウィンドウ。
「あっ……」
そこには額縁に収められた一枚の絵。
赤く塗り潰されたキャンバスに小さく掲げられたプレート。
【_】
値札は10,000G。
(僕の絵……10,000Gで売られてる〜んだ♪)
——テクテク
そのまま彼はどこかへ歩き去っていった。
おわり。




