引導
某所。
炎があちこちで立ち上り、瓦礫が地面を覆い尽くす中、エリシアは冷ややかな瞳で、相手を見下ろしていた。
——パチ……パチ……
——ガラッ……
瓦礫に全身を押し潰され、首だけが辛うじてエリシアの方を向いている。
相手はテロリストのリーダー。
ここはかつてデパートだった場所。
依頼を受けたエリシアは、この地でテロリストたちとの激しい戦闘を繰り広げた。
そして、彼らが立て籠もったこのデパートは、最終決戦の舞台と化したのだ。
結果は言うまでもない。
リーダーを除く全てのメンバーは、エリシアによって抹殺された。
残るは、目の前のリーダーただ一人。
「はぁ……はぁ……」
——ザッ
エリシアが一歩踏み出す。
「待ってくれ!」
押し潰されながらも、リーダーは必死に声を張り上げた。
エリシアは冷たい目を細め、吐き捨てる。
「あら、今更命乞いですの?」
「いや違う!」
リーダーは、首がもげそうな勢いで首を振った。
己が道を踏み外していることなど百も承知。
碌な死に方をしないことも分かっていた。
まして、こんな状況で命乞いをするのは、自分の柄ではなかった。
「なんですの?まさか、こんな状況でも入れる保険があるとでも?」
「そうじゃない!俺の……俺の話を……グハッ……聞いて……くれ!」
血を吐きながらも懇願するリーダー。
エリシアはすぐには返事をせず、しばし沈黙を置いた。
「俺もそこまで往生際が悪いわけじゃねえ!」
「じゃあさっさと観念しなさいよ」
「ただ……」
——ゴクリ
リーダーは意を決して叫ぶ。
「違う武器で殺してくれ!」
「……?」
キョトンとするエリシア。
彼女の手に握られていたのは——
立派な立派な、冷凍マグロだった。
「俺も……食いもんで殺されるわけにはいかねえ!それじゃあ……地獄で笑いものだぜ!」
——シュウゥ……
冷凍マグロから立ち上る白い冷気。
「え?別になんでもいいでしょうが〜」
「いやいやいや!冷凍マグロはねえだろぉ〜!」
泣きそうな顔で叫ぶリーダー。
——ザッ
エリシアはもう一歩踏み出す。
「別にいいでしょうが〜!マグロですわよ!しかも本マグロ!知らんけど!」
「知らんけど……って……」
「魚の王様ですわよ!」
「いや、それにしたって……鉄パイプとかでいいから!」
一歩、また一歩とにじり寄るエリシア。
「待ってくれ!……ちょ、あるんだ!いい武器が!」
「もう〜!散々好き放題しておいて……死に方まで注文つけるんですの!?」
エリシアの愚痴を無視し、リーダーは必死に言葉を繋ぐ。
「俺の……胸ポケットに……リボルバーがある……」
「はぁ……」
深いため息をつき、エリシアは瓦礫に埋もれたリーダーの服を乱雑に探る。
——カチャ……
そこから出てきたのは、傷だらけのリボルバーだった。
「せめて……それでとどめを刺してくれ!」
——ガサッ
エリシアは冷凍マグロを無造作に放り投げ、代わりにリボルバーを構えた。
「じゃ、おさらばですわね」
「あぁ……」
リーダーは悟りきったように目を閉じる。
エリシアは静かに引き金を引いた。
——カチッ
「……」
「……」
——カチ……カチ……
弾倉を振り出すエリシア。
——ガチャン
「……」
カラッポ。
全弾、撃ち尽くされていた。
「あ、弾切れですわ」
「ちょちょちょちょ!」
慌てふためくリーダー。
「なんですの!? 往生際が悪いですわよ!」
「れ、冷凍マグロ以外で!な!?頼む!後は何でも良いから!」
必死に懇願するテロリスト。
エリシアは律儀にも、再び瓦礫の山を漁り始めた。
——ガサッ
——ゴソゴソ
「あっ」
何かを見つけたらしい。
——ゴクリ
固唾を飲むリーダー。
——ザ……
エリシアがゆっくりと近づいてくる。
「さ、お死にあそばせやあぁあ!」
振り上げられたその手に握られていたのは——
すっぽん。
別名、ラバーカップ。
トイレの「あれ」
「やっぱさっきのにしてくれええええぇ!」
リーダーの絶叫が、瓦礫のデパートに木霊した。
——ごしゃ




