黒き三柱
魔界、中央区。
深夜のビル屋上。
そこに蠢く三つの影。
新たな闇が、確かに魔界を覆わんとしていた。
「ふっふっふ……我らの野望、それは世界征服」
眠らぬ街・中央区のネオンを見下ろしながら、リーダーのクロノスは不敵な笑みを浮かべる。
「今こそ……この力を見せる時……!」
全身を硬質な外殻に覆われた魔族、ガルドは拳を握りしめ、その目に赤い光を宿した。
「魔王の力とて……我ら『黒き三柱』の前では、赤子に等しい……」
漆黒のローブに身を包んだネフィリスは、夜風に紛れて不気味な声を漏らす。
ビルの上空を、街のサーチライトがゆるやかに横切る。
その光の下で、三つの影は静かに笑みを交わしていた。
数日後——
「黒き三柱」は魔王城を目指し、中央区のビル街を堂々と進撃していた。
——コツ……コツ……
——ドス……ドス……
——スゥ……スゥ……
舗道に三者三様の足音が響く。
ふと、外殻に覆われた巨躯のガルドが口を開いた。
「クロノス様……」
「なんだ?」
「魔王城に行く前に……腹ごしらえをしませんか?」
そう、彼らは昨日から何も口にしていなかった。
「ふむ……では……近くのガストに……」
そこへローブ姿のネフィリスが口を挟む。
「あ、でも……今食べたら……晩御飯が食べられなくなります」
「……ふむ」
クロノスは顎に手を当て、思案の構えを見せる。
「では……そのまま魔王城に……」
「あぁ、じゃあこうしましょう」
ガルドが提案した。
「コンビニでなんか……からあげクン……分け合うとか」
「それいいですね」
ネフィリスはすぐに頷いた。
クロノスはわざとらしく咳払いし、声を張る。
「では——コンビニでからあげクンを食べるとしよう!」
黒き三柱。
それは黒曜石のように硬い絆で結ばれた、闇のチームだった。
——ありがとうございました〜
からあげクンで腹を満たした「黒き三柱」。
再び魔王城を目指し、街を進む。
——カツカツ
——ドスドス
——スウウゥ……
やがて眼前に広がるのは、近代化が進んだ漆黒の要塞——魔王城。
ゲートの前に立った三人は、そのまま堂々と通過を試みる。
——ピンポーン
赤く光るLED。
すぐに警備員が姿を現した。
「来客でしょうか?」
「え?あ、はい」
三人は曖昧に返事をする。
そのまま守衛所へ案内され、受付のカウンター前に立たされた。
「訪問先は?」
代表してクロノスが口を開く。
「魔王……で」
「あ〜すいません、魔王は……ご多忙でして……アポが取れません」
「……」
——ヒソヒソ……
顔を寄せ合い、小声で話し合う三人。
「どうする?」
ガルドが提案する。
「じゃあ……ナンバー2的なやつを倒して……」
すぐにネフィリスが口を挟む。
「でも、我らが征服した後……強いやつ倒しちゃうと……戦力がダウンするというか……」
クロノスは神妙に頷く。
「では……そのまま帰るか……」
だがガルドは別案を出す。
「とりあえず……アポの予約だけ取っておくというのは?」
「ふむ……ではアポイントだけしておくとしよう」
しかし受付嬢は申し訳なさそうに答えた。
「すいません、アポの受付もしておりません」
……。
結局そのまま帰された「黒き三柱」。
闇の野望は、守衛所の窓口であっけなく頓挫した。
帰路の途中、通りを進んでいると、魔族に混じって見慣れない人影が目に入った。
「……?」
「……あれは……人間か?」
クロノスが訝しげに目を細める。
「もしや……魔王を倒しに来た勇者パーティ!?」
ガルドが声を低め、驚愕する。
彼らの視線の先には、向こうから歩いてくる金髪の女性、エリシア。
彼女はただの出勤途中であった。
——ヒソヒソ……
三人は路地の影で密談を始める。
「魔王が倒せなくとも、勇者を倒せば……それはもう世界征服なのでは?」
ネフィリスが提案する。
「では……あの女を倒すとするか」
クロノスが頷きかけたその時、ガルドが異を唱えた。
「だがそれだと、あの女を倒した後、魔王も倒すことになる。なら、あの女と魔王が潰し合って……漁夫の利を得たほうが良いのでは?」
クロノスは少し顎に手を当てて考える。
「ふむ……そうか……ではこうしよう、あの女が魔王と戦うのを——」
だがネフィリスが遮った。
「いやでも、もし魔王があの女の力を吸収したら、すごく強くなってしまうんじゃ……」
「……そうだな……」
クロノスは再び沈黙し、やがて結論を下す。
「ならば、今すぐにあの女を倒そう」
——バッ!
路地裏から勢いよく飛び出してくる三つの影。
——コツ……
足を止め、振り向くエリシア。
「……?」
クロノスが一歩前に出て高らかに宣言する。
「ふっふっふ……我らは『黒き三柱』! 世界を手にする者!」
「まずは貴様を殺し、世界征服の布石としよう!」
「我が魔法で闇に消えろ!」
……エリシア、ポカーン。
続いてガルドが前へ躍り出た。
「俺のパンチを受けてみろ……」
重々しい構えを取るガルド。
——ゴゴゴゴゴゴ……
……エリシア、ポカーン。
そして振り下ろされる豪腕——
——ぐりゅり
「あっ」
そのまま地面にしゃがみ込むガルド。
「ガルドよ、どうした?」
クロノスが肩に手を置く。
「やった、腰、やった」
ガルド、戦線離脱。
「……だがこちらには二人いる!」
……エリシア、ポカーン。
その時、ネフィリスがクロノスにそっと耳打ちする。
「どうします? 一人欠けましたよ?」
「気にするな、こんな人間の女など赤子も同然……」
「いや、でもこんな魔界を一人で歩いてる人間とか……絶対やばいでしょ?」
「……ふむ。ではそのまま帰るか?」
……エリシア、ポカーン。
「下手に戦って、三人なら勝てたところを……二人になったら勝てないかもしれない……」
「……ふむ……ではガルドの腰が治ってからにしよう」
——カツコツ……
——ドス……ドス……
——スウウゥ……
そのまま静かに帰っていく「黒き三柱」。
路地裏に取り残され、ただポカーンと立ち尽くすエリシアであった。




