冒険に出よう!
エリシアはフィレット南方の大森林を訪れた際、酒場で偶然知り合った一人の亜人と意気投合し、そのまま共に冒険へ出ることになった。
その名はコッコル。
誇り高きニワトリの戦士であり、二足歩行の体に立派なトサカを載せた、いかにも勇壮な姿をした亜人である。
大森林の酒場での出会いの折、コッコルは「外の世界を見てみたい」と語った。
それを聞いたエリシアが、面白半分で誘いをかけたのが始まりだった。
——ザッザッザ……
——ザッザッザ……
砂を踏みしめる二人の足音が広がる。
場所はアルセール大陸南部、サンマド王国の領土に広がる広大な砂漠。
彼らの目的はただひとつ。
この砂漠に極稀に出現するとされる幻獣「カーバンクル」を探し出すこと。
その額に輝く宝石は「サンマドの秘宝」とまで呼ばれ、市場に出れば法外な値が付くという。
エリシアとコッコルは、灼熱の太陽を背に浴びながら、その幻の存在を追って砂の海を進んでいた。
「それにしても暑いな……」
コッコルは肩で息をし、誇り高きトサカさえもしおれていた。
「もう少し歩いてみますわよ」
「……ああ」
戦士である彼ですら、この暑さには堪えている様子。
だが、エリシアはそんなこと気にも留めず、軽快な足取りで砂漠を進んでいく。
ふと遠方に、人影が近づいてくるのが見えた。
「……?」
じわじわと砂埃を上げながら近づいてくる影。
「おや、誰か来ましたわね」
エリシアは一応警戒を保ちながらも、その場に立ち止まって待つ。
「おーい!私は旅の商人でーす!」
人影は手を振りながら声を張り上げてきた。
「あら、商人でしたのね」
やがて到着した男は、背負っていた鞄を開き、中身を見せる。
「せっかくですから、買い物はいかがですか?」
「何を売っている?」
コッコルが問いかけると、商人は自信ありげに答えた。
「保存が効く食料を専門に取り扱っています」
鞄の中にはレトルトや缶詰がぎっしりと詰め込まれている。
値段は確かに割高だが、この砂漠のど真ん中という状況を考えれば、むしろ良心的な方だろう。
商人はあごひげを撫でながら、にこやかに説明を続ける。
「この砂漠で食料もなしに歩くのは自殺行為です。ぜひうちの商品をお買い求めになって!」
だが、エリシアは首を振り、きっぱりと断った。
「いえ、結構ですわ」
「大丈夫なのですか?」
心配そうな顔を浮かべる商人。
「私は旅慣れてますので、食材には困ることはありませんの」
エリシアは言い切ると、にこやかにコッコルへと振り返った。
——ニコッ!
「ね!?」
「え? エリシア殿、食料は買うべきでは?」
困惑するコッコル。だが、彼女は手をひらひらと振って笑ってみせる。
「いやいや、何も問題ありませんの」
——チラッ
その視線が、意味ありげにコッコルの全身を舐め回すように動いた。
「……まあ、エリシア殿がそういうなら」
結局、商人は肩をすくめ、そのまま去っていった。
その後、カーバンクル探しを終えてサンマドの城下町へ戻った二人。
宿に泊まり、深夜を迎える。
——ガサッ
寝返りを打つコッコル。
「……」
まったく眠れない。
昼間のエリシアの言葉が、いやに鮮明に蘇ってくる。
——食材には困らないんですの!
——食材には困らないんですの!
——食材には困らないんですの!
「……」
あの意味深な笑顔。
あの、体をじろじろと舐めるように見た視線。
(まさか……いや、まさか……)
——食材には……
——食材……
「……」
コッコルは布団を握りしめ、目をつぶった。
だが、やはり眠れなかった。
結局、コッコルの不安は杞憂に終わり、何事もなく日々は過ぎた。
冒険は続く。
ある時、二人は「古代遺跡が眠る」と噂される森へ足を踏み入れていた。
——ホーホーホー……
昼間にもかかわらず薄暗く、鬱蒼と茂る木々の間から無数のツタが垂れ下がっている。
「エリシア殿、情報は確かなのか?」
「そんなの行ってみないと分からないでしょうが」
不確かな噂を頼りに、二人は森を進み続ける。
やがて小休止。
荷物を下ろし、腰を下ろして言葉を交わす。
エリシアは双眼鏡を手に、周囲を見回していた。
「うーん……人の手が加わった痕跡は……なさそうですわねぇ……」
「ふむ……」
双眼鏡を受け取ったコッコルも、木々の隙間を覗き込む。
「もう少し探して――」
そう言いかけた時だった。
——ガサッ
背後から不意に響く物音。
「……!?」
二人が振り向いた瞬間、そこにいたのはエビルモンキー。
——ガサッ
しかも、エリシアのカバンを漁っている。
「あ、こんの!」
——ボッ
次の瞬間、エリシアの姿がかき消え、気づけばエビルモンキーの首は宙を舞っていた。
「まったく! とんだクソザルですわねぇ〜!」
苛立ちを隠さず吐き捨てるエリシア。
散乱した荷物をひとつひとつ拾い集めながら、眉間に皺を寄せていた。
——ガサッ
ふと、コッコルの足元にひとつの荷物が転がってきた。
「……?」
手に取ると、それは小さなカセットコンロ用のガス缶だった。
——チラッ
思わず、荷物を片付けているエリシアの方に目を向ける。
「まったく……」
彼女はぶつぶつ言いながら、地面に散らばった竹串(50本入り)、塩コショウ、焼肉のタレ、ナタ、まな板を、何事もなかったかのように順番にカバンへと詰め直していく。
「エリシア殿……」
「なんですの〜?」
振り向きもせず、軽い調子で返事する彼女。
「その……冒険に……塩コショウとか……焼肉のタレ……って、必要なのか?」
当然の疑問を口にする。だがエリシアはにこやかに言い切った。
「何言ってますの〜、旅の食事って案外味気ないんですの。だから香辛料とか、調味料は必要不可欠なんですわ」
「……」
——がさごそ
——がさごそ
無言のまま、彼女の手元を見つめるコッコル。
(じゃあ……竹串……は?)
その問いが口から出ることはなく、そして答えを知ることもなかった。




