ドルイド君
魔王城。
それは中央区にそびえる、魔界全体の政治を司る要衝だった。
かつては厳めしい要塞の趣だったが、近代化の波はそこにも押し寄せている。
出入り口はIDカードによるゲート式。
内部にはパソコンやエレベーターも設置され、まるで官庁ビルのような姿へと変貌していた。
——カツカツ……
——コツコツ……
廊下を歩くのは、魔王城特務室の室長エリシアと、その唯一の部下であるミノタウロス。
「ガンダムのブライトって20歳ですのね。私もっと年取ってると思ってましたわ〜」
「そ、そうでしたかな……」
ごくどうでもいい話を交わしながら、二人は歩を進めていく。
やがて城内の「リフレッシュルーム」と呼ばれる一角に差し掛かったとき——
——カツコツ……
——ちらっ
ふと視線をやると、サキュバスたちが何かを取り囲んでいるのが目に入った。
「ぷにぷにしてる〜」
「なんか肌ケアとかしてんの〜?」
「てか、年いくつ?」
どうやら、誰かを囲んで雑談しているらしい。
笑い声と囁き声が飛び交い、妙な熱気がその一角に漂っていた。
足を止めるエリシア。
「……?」
視線の先、サキュバスたちの輪の中心にいたのは、ドルイド君だった。
ドルイド君。
若手の職員で、肩書きは「幻術師」
もっとも、魔王城内部では有害な魔法を封じる「アンチマナフィールド」が常に展開されているため、実戦で幻術を披露する機会などほとんどない。
結果として、彼の専門はほぼ宝の持ち腐れになっていた。
「ドルイド君ですわね……」
「あぁ……そうですな……」
エリシアとミノタウロスは、雑踏を眺めながら小声で確認する。
本来なら、末端の若手職員と魔界の首脳陣であるエリシアが顔見知りになるなどあり得ない話。
だが実際には、なぜか妙に縁がある。
つい先日の花火大会でもそうだった。
「ラウンジ貸し切ろうぜ〜」という流れになり、エリシアが人数合わせのために呼んだメンバーの中に、何故かドルイド君がいた。
結果、場違いなはずの二人が同じテーブルで時間を過ごす、という謎の取り合わせになっていたのである。
そんなドルイド君を、四方から取り囲むサキュバスたち。
彼は童顔のせいか、実年齢よりもずっと若く見られるらしい。
「別にケアなんかしてない〜んだ!」
モジモジと視線を泳がせながら、戸惑い気味に答えるドルイド君。
「え〜でもモチモチお肌だよ〜」
「ほんと可愛い〜」
——キャーキャー
——ワーワー
黄色い声と笑い声がリフレッシュルームに響き渡る。
「あら、ドルイド君ですの〜」
そこへエリシアが声をかけた。
「え、エリシア様!」
その瞬間、取り巻いていたサキュバスたちは一斉に立ち上がり、ビシッと姿勢を正してお辞儀した。
「エリシア様!ご機嫌麗しゅう!」
「はい、ご機嫌よう〜」
エリシアは手を軽く振り、いつもの調子でさらりと返した。
「何の話してましたの?」
エリシアが問うと、一人のサキュバスが元気よく答えた。
「この……ドルイド君が可愛いって話をしておりました!」
エリシアは顎に手を当て、しばし考える。
「あ〜確かに、可愛いですわねぇ」
「でしょ?」
「ですよね!」
サキュバスたちは嬉しそうに頷く。
するとエリシアは続けた。
「まるで——」
次の瞬間、思いもよらぬ言葉が口をついた。
「パタリロみたいで可愛いですわね!」
「……」
「……」
一瞬、沈黙する一同。
「そ、そ、そうですね!」
「パタリロ……パタリロみたいだって〜!」
——ワーワー
——キャーキャー
場を取り繕うように騒ぎ立てるサキュバスたち。
頭の中ではそれぞれ、漫画『パタリロ!』の名シーンがよみがえる。
\だーれが殺したクックロビン♪/
\あーそれ!/
\だーれが殺したクックロビン♪/
\あーそれ!/
「……」
「チョほほほほ〜!」
エリシアは満足げに笑い声を残し、ミノタウロスと共に廊下を歩き去っていく。
——カツコツ……
——コツコツ……
残されたサキュバスたちは、しばし無言で顔を見合わせた。
「……」
「……」
(ああ、エリシア様って……パタリロ……好きなんだ……)
一同の脳裏には、マリネラ王国の国王、パタリロ・ド・マリネール8世がドタバタ劇を繰り広げる姿が、やけに鮮明に浮かんでいた。




