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中古DVD

 国内、中古ビデオショップ「ビデオ合衆国」。




 一人の青年が、趣味のB級映画コーナーで腰をかがめ、棚を物色していた。


 サメ映画にするか、バタリアンにするか、それとも死霊のはらわたにするか、指先が背表紙をなぞるたびに、脳内で血と爆発とチープな特撮が交錯する。




「〜♪」




 ——がさ




 背後から、微かな物音。棚の上段から、1本のDVDが滑り落ちてきた。




「……?」




 しゃがんで拾い上げる。




 ——チラッ






【インドのバス】






「なんだこれ……」




 DVDジャケットには、道路を埋め尽くすインドのバス群が、何かを弾き飛ばしながら爆走する光景。煙と砂埃の中で、バスのヘッドライトが獣の目のように光っている。




「絶対AIが書いただろ……」




 裏面をひっくり返すと、説明書きが目に飛び込んできた。




 ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥


 ──世界最速の路線バス、その全貌がついに明かされる。




【ディスク1】


 デリー=ジャイプール・ハイウェイを時速300kmで爆走する改造路線バスの車内を、3台同時マルチアングルで収録。車内ではターバンを巻いたドライバーが片手でチャイを飲みながら、もう片方の手でニトロスイッチを連打。道中、象の群れを飛び越える瞬間や、屋根に乗った客がカーチェイス中のバイクを蹴り落とす場面も完全収録。




【ディスク2】


「インドのバス」と銘打ちながらも、舞台はなぜかバングラデシュ・N1国道。そこで開幕するのは、路線バス同士による合法ストリートレース“BRT(Bus Racing Tournament)”。バスの車体横からは火花を散らすカタール製ジェットブースターが噴射され、観客は沿道から紙吹雪とコブラを投げ込み応援。乗客席では全員がレーシングスーツを着込み、Gに耐えながらもカレーを食べ続ける姿が映し出される。




 爆音のエンジン、華麗なドリフト、そして伝説の「二階建てバスによるバック走行オーバーテイク」。

 誰も現実だとは信じられない、インドとバングラデシュの道路が織りなす史上最狂のワイルドスピードが、ここに誕生した。


 ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥




「……」




 説明文を読み終え、青年はふと視線を下げる。

 そこには小さく、しかし確かに「エリシア商事」の文字。




(聞いたことない会社だ……)




 よくわからないが、とりあえず買って帰ることにした。




 ——ガチャ




 安アパートのドアを開ける。




「……」




 シャワーを浴び、カップラーメンをすすり終えたところで、ふと視線がテーブルの上のDVDケースに止まる。




(どんなストーリーなんだ?)




 プレイヤーに入れると、メニューもチャプター選択もなく、いきなり本編が始まった。






 ——ブウウウウウゥン


 ——ぱっぱああアアアアアァン!






 映し出されたのは、車載カメラの映像。




 運転席には無表情なインド人ドライバー。

 前方には、果てしなく続く直線ハイウェイ。


 そして道端には、藁を山盛りに積んだ自転車、のんびり走る一般車両、同業らしきバス。


 そんな中を、異常な頻度でクラクションを鳴らしつつ、強引に追い抜いていく路線バス。




 ——パラリラ!パラリラリラパラリラ!パラリ!


 ——ぶうううううぅん……


 ——パラ……!パラリラパラリラリラパラ!


 ——ビッ……ビいいイィイィい! ビイイイイイイ!


 ——रास्ते से अलग हटें




 それが延々と続く。


 ……そして、気づけば2時間が経過していた。




「……」




 青年はすでにスマホをいじりながら、片手間に画面を眺めている。


 画面が暗転した。




「なんだ、終わり——」




 と思ったら、違った。


 今度は別のバスの映像が始まる。




「……」




 発車。




 ——ブウウウううぅぅうぅん……


 ——パラ……!


 ——パラリラリラパラリラパパラ! パラリラパラパラリラリラパラ!


 ——ブッブウウウウウウウ!


 ——ぱアアアァアアァン!




 で、これがまた2時間続いた。


「やっとおわ——」


 と思ったら、終わっていなかった。




 今度は3台目。




「……」




 ——プワアアアアァアァン!


 ——बाधा!!


 ——भागो मत!!


 ——パラリラ!パラ……パラ!パラリラリラリラパラリラ!


 ——ぱっぱアアアアアァン!




 結局、合計6時間。ひたすら「ただのインドバス」を見続ける羽目になった。




 そしてDISC2。




「……」




 ——かしゃ……




 再生。




 ——ぷわあアアアアァアァン!


 ——ぱっぱアアアアァン!


 ——যাও! যাও!


 ——ব্রেকে পা দিও না! ব্রেকে পা দিও না!




 映像はさっきよりさらに激しい抜かし合い。

 排気ガスで真っ黒になったバスのテールを、こちらの車両がピッタリ追走している。


 車内からは「うわあああぁあ!」とか「おーオー!」、さらには「$%+=〜#」みたいな聞き取れない怒号が飛び交っている。




 ——パッパアアアアァアン!


 ——パラリ!パラリパリラリ!


 ——ブオオォン!ブオオオオォ!




 すごい煽り方だ。




 なんかバスが時々ピョンピョン跳ねているのが一瞬楽しげに見えるが、よく考えたらただの危険運転である。




「……」




 結局、最後まで視聴。


 DISC2も、延々とバス同士の煽り合いと抜かし合いだけ。

 しかもインドですらなく、字幕には「バングラデシュ」と書かれていた。




「……」




 ちなみにおまけ映像として、「インドのギャル男」みたいなサングラスの兄ちゃんが、信じられない俊敏さで乗客から代金を受け取ったり、タバコに火をつけたりしならがら、チャイを売っている様子が収録されていた。









挿絵(By みてみん)





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