凡人がやってる5つの無駄習慣
魔界中央区、とあるアパートの一室。
——ぽち……
夜、ミノタウロスはベッドに寝転がり、TIKTOKをだらだらと眺めていた。
すると、#マインドセット #ナイトルーティン のタグがついた動画が流れてくる。
「……?」
スポーツのスーパープレイ映像を背景に、画面上にはこんなテキストが流れた。
【凡人が夜10時以降にやってる、5つの無駄習慣】
【1.時間以上スマホを触っている】
長時間画面を見続けることで睡眠の質が低下し、翌日のモチベーションはガタ落ち。「もうちょっと」と思っているうちに時間はあっという間に過ぎ、結局は罪悪感に苛まれる。デキる奴は、低俗な娯楽をやめ、読書とヨガで脳を整える。
「……」
ミノタウロスの脳裏に、なぜかエリシアの顔が浮かんだ。
(エリシア殿は今頃、どうしてるかな)
一方その頃、エリシアは——
「……」
——ボケええええぇ……
タブレットを抱え、「桜蘭高校ホスト部」のアニメを延々と見続けていた。
(ハルヒが男の子だったらなぁ〜)
【2.小腹を満たすための間食】
無駄に胃腸を働かせることで睡眠を阻害し、余分な脂質と糖質で肌は荒れ、翌日も頭が回らなくなる。デキる奴は食欲を律し、就寝3時間前には食事を終える。
一方その頃、エリシアは——
「あっ」
アニメを一時停止し、立ち上がった。
——ゴポゴポ……
——バリ
「夜空の一平ちゃん」にお湯を注ぎ、かやくをきっちり投入するのも忘れない。
「……」
——ピロン♪
きっかり2分30秒で湯切りを済ませる。
——ズゾゾゾゾゾ!
——ズルズル〜!
ソースの香りが部屋中に満ち、青のりが前歯の先端に貼りついた。
【3.明日のことを明日の自分に丸投げする】
凡人は嫌なことから逃げ、いつもギリギリで慌てる。その結果スタートダッシュに遅れ、生産性は低下。自己嫌悪のスパイラルに陥る。デキる奴は寝る前に翌日のTODO、着るスーツやカバンの中身まで用意し、朝を余裕を持って迎える。
一方その頃、エリシアは——
——ポチポチ
——てーれれ、テーレー、レーレレレー♪
ベッドの上で「テリーのワンダーランド」を熱中プレイ中。
「しもふり……しもふり……」
——ポチポチ
「魔神斬りいいイィ!」
そこへふとスマホに通知が来た。
「あぁん?」
【ジェラルド】
明日の定例幹部会議の件、資料の確認お願いします。
——シュポ
添付されるPDF。
エリシアは眉をひそめた。
「あいつこんな時間まで仕事って……ばっかじゃねえですの?」
そのまま既読スルー。
——ポチポチ
「あっ!逃げやがって!」
ちなみに、はぐれメタルは逃げた。
【4.一日を振り返らない】
凡人は1日が終わっても、ソファに寝そべってスマホをいじり、何となく一日を終える。そんな薄っぺらい日常を積み重ねても、何のプラスにもならない。デキる奴は一日の振り返りと自己分析にしっかりと時間をかける。
一方その頃、エリシアは——
「いけ!魔神斬り!」
——ポチポチ
絶賛テリワンプレイ中。
しかし——
「あっ」
唐突に何かを思い出し、上体を起こした。
「あいつにコピー用紙、買いに行かすの忘れてた……」
一応、1日を振り返ったらしい。
ちなみに「あいつ」とは、ミノタウロスのことである。
【5.電気を消さずに寝落ち】
これはもう最悪の行為である。寝たつもりでも休息にならず、いつまでもテレビやスマホに夢中になって時間管理もできず、そのまま無防備な状態で朝を迎える。健康上のリスクもあり、何よりだらしない。無論、デキる奴はそんなこと絶対にしない。
一方その頃、エリシアは——
「グースカピー……グースカピー……」
ベッドの上でサメの抱き枕を足の下敷きにし、口を半開きにして眠っていた。
傍らでは、フィールドマップのBGMを延々と流し続けるゲームボーイ。
当然、スマホのアラームもセットしていない。
「グースカピー……グースカピー……」
次々と明かりが落ちていくタワマンの最上階で、彼女の部屋だけがいつまでも煌々と灯っていた。
「……」
——とりあえず、動画を見終えたミノタウロス。
「……」
(ま、エリシア殿がこんなこと実践してるわけないか)
至極当然の結論だった。
——パチ
スマホのアラームをセットし、電気を消す。
そのまま布団を被った。
「……」
????????????
唐突に疑問が脳裏を駆け巡る。
いや、あの女——じゃなくて、エリシア殿はどう考えたってやることが「ダメ凡人」そのものなのに……
なんであんな魔界を牛耳ってるんだ?
——ゴソ
上位1%どころか、ワースト1%の勢いだろ。
でもなんで……あんな物凄いビジネスを同時に回せる?
やっぱ頭おかしいのか?
いや、あれだ……クトゥルフ的な?クトゥルフ的な生き物なのか?
——がさ
やっぱ人間じゃないよなぁ……。
中身なんなんだ?本当に人間なのか?
——ぱき
あのナイトルーティンがむしろ意味ないのか?脳科学的に?
いや、割と当たってるはずだぞ。
じゃああれ——じゃなくて、エリシア殿は一体何なんだ?
あれか?レベル99の勇者が、もうレベル上げしなくていいみたいな……。
いや、なんか違うな……。
翌日。ミノタウロスは始業時間ギリギリで出勤した。
「あら、今日は遅いですわね〜」
「ゼェ……ゼェ……お、おはようございます」
その瞼には、くっきりとしたクマが刻まれていた。




