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深い森の中で

 とある場所。深い深い森の中。




 鬱蒼と枝葉が絡み合い、昼なお暗い空間を、エリシアは一人歩いていた。




 太陽の光はほとんど地面に届かず、道端に点々と生えた謎のキノコが、蛍光色の微かな光を放っている。


 それが、この森における唯一の灯りだった。




 彼女は、とある用事のためにこの森を進んでいる。




「暗いですわねぇ」




 ——がさっ。




 足元の先、茂みから野良猫がぬっと現れた。




「ニャーん」




 短く鳴いたかと思うと、猫は何事もなかったかのように茂みに消えていった。




 エリシアとしては、一刻も早く目的を果たし、サンセットのホテルでワインを開けたいところだ。




 ——ザッ、ザッ、ザ……




 無言のまま、湿った土を踏みしめて歩き続けるエリシア。




「……」




 ——ザッ、ザッ、ザ……




 ふと、前方へ視線を上げた瞬間。




「……!」




 エリシアは思わず足を止めた。




「えぇ……」






 そこにあったのは、お菓子の家。






「ええええぇ……!」




 こんな鬱蒼とした森の奥に家があるだけでも奇妙なのに、それがまさかお菓子で出来ているとは。




 ——もくもく〜……




 ビスケットでできた煙突から、やわらかな白い煙が立ち上る。




 ドアは厚みのあるチョコレート板、窓枠は透明な飴細工。

 屋根は鮮やかな苺色のソースがたっぷりとかかり、甘ったるい香りを漂わせている。

 外壁はすべてビスケットで彩られ、色とりどりの砂糖菓子が散りばめられていた。




「ええええええぇえぇ……!?」




 エリシア、おったまげる。




(これって、あのヘンゼルとグレーテルのお菓子の家ですの〜!?)




 玄関のドアの下には、無数のアリがびっしりと群がっていた。




「うっそおおおん!」




 思わずため息混じりの声が漏れる。

 まさか、本物のお菓子の家が、こんな鬱蒼とした森の中にあるとは。


 エリシアは足を止めたまま、しばしその異様な光景を見つめ続けた。




「うわああぁ……」




 風に乗って漂ってくる、ビスケットの甘い香り。

 内部の明かりに照らされた窓が、飴細工の表面をぬらりと輝かせている。




「お菓子の……家ですわねぇ……」




 彼女はお菓子の家を一通り眺め回すと——






 ——ザッ、ザッ、ザッ、ザ……






 何事もなかったかのように歩き出し、先を急ぐことにした。






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