今日も食え食え明日も食え。食うに勝る病は無し。
魔王城・食堂。
——ざわざわ
——からん
時刻は12:10。
昼休憩のピークとあって、食堂は大混雑。
丼物、麺、定食、それぞれのカウンターには長蛇の列が伸びていた。
そんな中、列を抜けてトレイを持った人物が現れる。
「じゃ、私は……カツカレー大盛りと……担々麺!」
エリシアである。
特務室の室長だろうが、昼は腹が減る。庶民派ではないが食欲には忠実。
——コト
トレイを長机の上に置き、カツカレーと担々麺のセットを構える。
味も量もインパクトも二刀流。まさにエリシアらしい選択。
すると、その向かいにひとりのオーガが座った。
肩幅はテーブル2人分。エリシアの倍以上はある巨体。
だが、トレイがない。
(弁当……持参型……?)
エリシアは担々麺を啜りながら、チラッと前を見た。
「……」
オーガは、静かに弁当箱を取り出した。
——コト
「……」
そのサイズは——
ほぼ、ウェットティッシュ。
——ちま……
開けられた弁当箱の中には、小さなおにぎりと彩り豊かな副菜。
内容は充実しているが、絶対的に“小さい”。
その瞬間。
——ガタン!
エリシア、立ち上がる。
「いやいやいや!OLですの!?」
「えっ……」
予期せぬ怒鳴りにオーガがビクッとする。
「いや、おま……そんな見た目して……そんな……ええええぇ!?」
狼狽えるエリシア。
狼狽えるオーガ。
「えぇ……」
担々麺も箸も放り出し、エリシアはそのままトークに突入した。
「何それ!?え、弁当箱小さすぎでしょうが!」
「……」
「こんなの……おま……顕微鏡で見ないと見えませんわよ!?」
「……」
オーガは何も言わない。
静かに箸を持ったまま固まっている。
だがエリシアの声量はさらに加速する。
「あ、もしかして1日20食くらい食べますの!?これはそのうちの一つってこと!?いや、20分の1にしても小さいでしょ!」
周囲の職員たちもざわざわし始めた。
巨大なオーガと、それをなぜか責め立てる小柄なエリシア。
カツカレーは温かい。
担々麺はすでにのび始めている。
だが今、エリシアの関心はただひとつ。
どうしてその弁当が、そんなに小さいのか。
それだけだった。
「なにミニトマトとか入れて、彩りを〜って……冗談は図体のデカさだけにしてくださいましね!」
「……」
止まらないエリシアの声に、オーガはただ呆然と座っていた。
なぜだ。自分は弁当を取り出しただけなのに。
それが、こんなに叩かれる理由になるとは思ってもみなかった。
「オーガのくせにぃ〜!カツカレー3杯は食えよ!その後、デザートにラーメン二郎でしょうが!」
「……」
もはや罵倒の概念が、昼飯の量と完全に結びついている。
エリシアの中で、オーガは常にフードファイトをしている存在らしい。
「ったく〜!こんなんだから……人間なんかに攻め込まれるんですわ!」
「……」
——ガチャ
ようやく熱が収まったのか、エリシアは座り直すと、無言で担々麺を啜り始めた。
「……」
オーガは黙って、ちまちまと自分の弁当を食べ始める。
箸で慎重にサツマイモの煮付けを持ち上げ、噛みしめるように口に運ぶ。
「……」
エリシアは担々麺をやっつけ、次にカツカレーへと着手。
一息ついて、ふと前を見る。
——ちらっ
オーガも気配に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
「……」
「……」
視線が交錯する。
そこに言葉はなかった。
しばしの沈黙のあと——
「半分……食べます?」
「いや……いいです……」
言葉はあくまで穏やかだった。
だが、エリシアの顔はどこか本気で心配しているようにも見える。
(……もしかして……)
彼女なりに“気遣い”をしているのだろうか。
食が細い=貧しい、というあまりに乱暴な連想からくる、善意の暴走。
だが、オーガは「昼は、あまり食べない派」なだけだった。
——ちまちま……
そんなオーガの横で、エリシアは再びスプーンを手に取った。
彼女の横顔は、なぜか少しだけ、しんみりしていた。




