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クックックック……

 ある男が秘薬を求めて、恐る恐る「エリシアの店」に向かうことにした。


 街外れの薄暗い場所にあるその店は、古びた木の扉と歪んだ看板が特徴的で、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。




 店の噂は良くないものばかりだった。


 エリシアという名の女主人は禍々しい魔女で、気に入らなかった客は頭から喰われて死ぬという恐ろしい話が広まっていた。


 それでも男は、どうしてもその秘薬が必要だったため、意を決して店の前に立った。


 震える手でドアをノックし、少しの間が空いた後、ギィィと音を立てて扉がゆっくりと開いた。中からは薄暗い明かりが漏れ、店内は奇妙な香りが漂っていた。男は恐る恐る店の中に足を踏み入れた。




 男はエリシアの店に入った瞬間、まるで空気が変わったような感覚に襲われた。


 店内は薄暗く、重々しい雰囲気が漂っている。視界の隅には怪しげな薬草や、正体不明の液体が詰まった瓶が並んでいた。


 背後から聞こえたエリシアの声に振り返ると、彼女の姿が目に入った。


 エリシアは一見、美しい女性に見えるが、その微笑みの奥には何か禍々しいものが潜んでいるのを男は感じ取った。




「いらっしゃいませ……何かお探しですの?」




 その言葉が耳に届いた瞬間、男の心臓は一気に跳ね上がり、全身が硬直した。エリシアの背後からは黒い霧のような闇のオーラが漂い、その冷たい気配が男の体を包み込むように感じられた。




 恐怖がじわじわと彼の心を侵食していく。




 エリシアの目はまるで深淵を覗き込むように冷たく、何もかもを見透かしているかのようだった。彼女の微笑みはどこか歪んでいて、まるで次の瞬間に何か恐ろしいことが起こる前触れのように見えた。


 男の喉は乾き、言葉を発することができない。手足は震え、冷や汗が額を伝う。体は逃げ出そうとするが、恐怖で足が動かない。


 脳裏に浮かぶのは、噂で聞いたエリシアの恐ろしい話。気に入らない客を頭から喰らい尽くす魔女の姿が、彼の想像を超えてリアルに感じられる。




 男は恐怖に支配されながらも、どうにかして自分を奮い立たせた。ここで逃げ出してはならない、目的を果たさなければ――その一心で、男は震える声を絞り出した。




「……頭痛薬を、ください……」




 その言葉が口から出た瞬間、店内に一瞬の静寂が訪れた。


 エリシアは、じっと男を見つめたまま微動だにせず、まるでその言葉を吟味するかのように間を置いた。そして、次の瞬間、彼女の唇がゆっくりと開かれた。




「クックックっク……」




 低く、不気味な笑い声がエリシアの口から漏れた。


 彼女の目は細められ、まるで男の内心を見透かしているかのように鋭く光っていた。その笑いは、何か悪意に満ちたものを含んでいるようで、男の心臓を締め付けた。




 その瞬間、男の恐怖は頂点に達した。




 全身の血の気が引き、目の前が暗くなるような感覚に襲われる。エリシアの笑い声が頭の中で響き渡り、彼の理性を奪い去ろうとしていた。




「なんで……なんで笑うんだ……?」




 男の心は不安と恐怖に包まれ、彼は冷や汗をかきながらエリシアを見つめた。




 彼女の笑いには何か意味があるのだろうか?


 自分の頼みが、エリシアの気に障ったのだろうか?


 いや、それとも……この店を出ることはもうできないのではないか?




「ど、どうか……頭痛薬を……」


 男は必死に声を絞り出すが、その声は恐怖でかすれていた。




 エリシアの笑いが男の心を蝕み、彼の中に絶望の影を落とし始めた。彼の頭の中には、もうこの先に待ち受ける結末がどれほど恐ろしいものであるかという考えしか残っていなかった。




 エリシアは不気味な笑いを残しながら、ゆっくりと店の奥へと消えていった。


 男はその場に取り残され、足が震え、逃げ出したい気持ちを必死に抑えていた。時間が永遠のように感じられ、冷や汗が背中を伝っていく。




 しばらくして、エリシアが再び姿を現した。




 その手には、意外にもあっさりと一つの箱が握られていた。


 箱には「鎮痛剤AVA」と書かれており、どこにでもありそうな普通の頭痛薬に見えた。




 エリシアは無表情でその箱を男の前に差し出した。


 男は一瞬戸惑ったが、恐る恐る手を伸ばして薬を受け取ろうとした。その瞬間、エリシアの手がピタリと動きを止め、彼女の目が鋭く光った。




「……まさか、そのまま帰れるとでも?」




 その一言が、まるで冷たい刃が彼の心臓に突き刺さるように響いた。エリシアの声には、何か底知れぬ恐ろしさが込められており、男の心臓は一気に凍りついた。


 男の頭の中で、あらゆる恐怖が渦巻き始めた。




 エリシアの言葉は何を意味するのか?


 彼女はこのまま自分を店から出さないつもりなのか?


 それとも、薬を受け取ることで何か恐ろしい運命が待ち受けているのか?




「まさか……」




 男は口をパクパクとさせながら、言葉にならない叫びを上げそうになった。


 頭の中では、彼女の禍々しい噂が次々と蘇り、理性が崩壊しそうになる。彼女が気に入らなければ、頭から喰われてしまう――その考えが、男の心をさらに狂わせた。




「ど、どうか……」




 男は必死に声を振り絞ろうとするが、恐怖で言葉が出てこない。




 全身の力が抜け、立っていることさえ難しくなっていた。彼の視界はぼやけ、エリシアの姿がまるで闇の中で歪んで見える。男は今にも発狂しそうなほどの恐怖に支配され、どうすればいいのか全く分からなくなっていた。




 エリシアの言葉に凍りついた男の耳に、次に飛び込んできたのは驚くべき一言だった。




「500ペッソになります」




 その言葉を聞いた瞬間、男は一瞬思考が停止した。


 混乱しながらも、男はただ懐から財布を取り出し、震える手で何とかお金を探した。




「そ、それで……足りますか……?」




 エリシアは無言で男の手からお金を受け取り、無表情のままうなずいた。男は安堵の息をつき、ようやく頭痛薬を手にする時が来たのだと、心の中で必死に自分を落ち着けようとした。




 しかし、頭痛薬を取ろうとした瞬間――




 いきなり、男の腕が強く掴まれた。




 冷たい手がまるで鉄のように男の腕を締め上げた。その力強さに、男は恐怖が爆発しそうになった。彼の心臓は激しく鼓動し、頭の中で警鐘が鳴り響く。




「ま、まだ何かあるのか……!?」




 男は喉を詰まらせ、目の前が暗くなるような感覚に襲われた。




 彼は逃げようと必死に腕を振り払おうとするが、まるで呪縛のように、その手はビクともしない。エリシアの笑顔がどこか歪み、彼の心をえぐるように見つめ続けていた。




「やめてくれ……!頼む……!」




 恐怖が頂点に達し、男はついに狂気に飲み込まれそうになった。彼の視界がぼやけ、音が遠くに感じられ、全身が冷や汗にまみれて震え始めた。


 どうすればこの恐怖から逃れることができるのか、彼にはもう分からなかった。




 男が絶望の淵に立たされ、恐怖に飲み込まれそうになったその瞬間、エリシアがふっと微笑みを浮かべ、口を開いた。




「このお薬は法令で服薬指導が義務付けられています」




 エリシアの声は妙に落ち着いていて、先ほどまでの不気味な雰囲気とは全く異なっていた。男は一瞬混乱し、何が起こっているのか理解できずにエリシアを見つめた。


 その言葉が意味するところを理解するのに、男は少し時間がかかった。


 恐怖で頭が混乱している中、彼はようやく自分が置かれている状況を整理し始めた。




 エリシアの手が掴んでいたのは、ただの確認のためであり、彼女が伝えようとしているのは単なる薬の説明に過ぎないということが、徐々に理解できてきた。


 しかし、恐怖に支配された男の心はまだ完全に落ち着くことができず、理性と感情が入り混じった状態で、ただエリシアの言葉を待つしかなかった。




 男は心臓がまだ激しく鼓動しているのを感じながら、そして、ようやくエリシアの手から逃れるように店を飛び出した。


 外に出た瞬間、冷たい風が男の顔を撫で、ようやく命からがらその恐ろしい場所から逃れたことを実感した。


 足はふらつきながらも、早足でその場所から離れようと必死だった。




 しばらく歩き続け、心の中で恐怖を振り払おうとしたその時、突然背後からただならぬ気配を感じた。背筋が凍りつくような感覚が男を襲い、彼は恐る恐る振り返った。




 そこには――全速力でこちらに向かってくるエリシアの姿があった。




 彼女の髪が風になびき、目は鋭く光り、まるで獲物を狙う猛禽のような勢いで迫ってくる。男は目を見開き、全身が凍りつくような恐怖に再び囚われた。




 そして、遠くからエリシアの奇声が響き渡る。




「キえエエェエええぇエえぇエぇ〜!」




 その声はまるで狂気じみた叫びのように男の耳に突き刺さり、彼の心臓が再び激しく鼓動を打ち始めた。


 男は恐怖に駆られて無我夢中で走り出した。


 足はもつれながらも、後ろから迫り来るエリシアの姿を振り返ることなく、ただ前に向かって逃げるしかなかった。


 エリシアの声と足音が迫り続け、男の頭の中は恐怖で一杯になり、ただただ生き延びるために走り続けるしかなかった。




 男は全力で走り続けたが、恐怖と疲れが限界に達し、足がもつれて転んでしまった。




 地面に倒れ込み、息を切らしながら顔を上げると、すぐ背後に迫っているエリシアの姿が目に入った。




 男の心は恐怖と絶望でいっぱいになり、逃げ場がないことを悟った。


 その瞬間、来世への期待と諦めが同時に押し寄せ、彼の目には生きる希望の光が消えかけていた。




 エリシアはゆっくりと男に歩み寄り、地面に倒れた彼の前に立ち止まった。


 男は息を呑み、目をぎゅっと閉じた。もう全てが終わりだと覚悟し、心の中で最期の瞬間を迎える準備をしていた。


 しかし、次に聞こえてきたエリシアの声は、まさかの一言だった。




「商品、お忘れですわよ」




 男は驚いて目を開けた。エリシアは優雅に微笑みながら、頭痛薬の箱を手に持っていた。彼は愕然としながらも、恐る恐るその箱を受け取った。




 エリシアは相変わらずの微笑みを浮かべ、何事もなかったかのように立ち去っていった。




 男は地面に座り込んだまま、呆然とエリシアの後ろ姿を見つめていた。恐怖から解放されたその瞬間、彼の心に安堵と疲労が一気に押し寄せ、彼はその場で深く息をついた。




 男は無事に頭痛薬を手にしたものの、この体験が彼の心に深く刻まれることとなった。

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