テテテテ、テテテ、テーテー
エリシアは旅の疲れを癒すために、山奥にある「リョカン」と呼ばれる伝統的な施設を予約した。
長い冒険の後、自然に囲まれた静かな場所で心身をリフレッシュするのが目的だ。
その日は晴天で、エリシアは山道をのんびりと歩きながらリョカンへと向かった。
山々に囲まれたリョカンは、木造の伝統的な建物で、庭には季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っている。
リョカンに到着すると、スタッフの女性がにこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お疲れ様でした。どうぞ、お部屋へお入りください。」
エリシアは感謝の意を表しながら、案内された部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は畳敷きで、窓からは緑豊かな山の景色が広がっている。落ち着いた色調の内装が、どこか懐かしさを感じさせた。
エリシアがリョカンの部屋でくつろいでいると、宿のスタッフである女将が軽く謝罪に訪れた。
女将は、エリシアの静かな時間を少しでも心地よく過ごせるよう、配慮の一環として話しかけた。
「エリシア様、お疲れ様です。実は、他のお客様もいらっしゃっているため、もしかしたら騒がしい時間帯があるかもしれません。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒ご容赦ください。」
エリシアは微笑みながら女将の言葉を受け入れた。
「気にしないでください。多少の騒音は問題ありませんわ。」
その時、近くで小さな声が聞こえた。
見ると、クドーと呼ばれる子供がリョカンの広間で話しているのが見えた。彼は元気に言い放った。
「リン姉ちゃん、僕は男風呂でいいよ!一人でいいって!」
その言葉を聞いたエリシアは、少し驚きながらも微笑んだ。
クドーの言葉から、彼がまだ幼いことが伝わってきた。どうやら彼は、他の宿泊客や家族との関係があるようで、風呂のことに関しても自分なりに配慮している様子だった。
風呂上がりに爽やかな気分でリラックスしていたエリシアは、リョカンの休憩所で牛乳を飲みながらくつろいでいた。
その横には、カネダとユキミという学生のカップルが座っていた。
彼らはエリシアと同じくリョカンの宿泊客で、どうやら仲良く談笑している様子だった。
カネダは快活な笑顔を浮かべながらエリシアに話しかけた。
「お風呂はどうでしたか?リョカンの風呂って、温かくて気持ちいいですよね。」
エリシアはにっこりと微笑み、牛乳を一口飲んでから答えた。
「ええ、とても心地よかったですわ。こうしてリラックスできる時間は、旅の疲れを癒すのにぴったりですわ。」
ユキミも興味津々で話に加わった。
「私たちは学生なんですけど、リョカンでのひとときは貴重な経験です。エリシアさんも、こんな風にリラックスして楽しんでるんですね。」
エリシアは軽く笑いながら言った。
「そうですわね。学生さんたちとこうしてお話できるのも、また楽しい経験ですわ。」
食堂の一角で、エリシアはテーブルに座り、今日の夕食を楽しんでいた。
周囲の賑わいに紛れて、彼女の目が自然と向けられたのは、食堂の隅に座っている見慣れない二人組だった。
その二人は、外国から来たようで、流暢な日本語で会話していた。エリシアは興味を引かれ、さりげなく耳を傾けることにした。
「さて、ナス。今日はこの地域の特異な現象について調べるべきかと思うんだ。」
少し年齢の高い男性が言った。彼は整ったスーツに身を包み、鋭い目つきでメモ帳に何かを書き込んでいる。
ナスと呼ばれる若い男性は、彼の言葉に頷きながら答えた。
「確かに、ホームズ。ここの伝説や噂には興味深いものが多いですから、調査にはぴったりですね。」
「特にこのリョカン周辺の古い言い伝えや、謎めいた出来事に関しては、何か掴めるかもしれない。」
ホームズは言葉を続けた。
「この地域には昔から神秘的な話が多いと聞くし、どこかにヒントがあるかもしれない。」
ナスは少し考え込んだ様子で、フォークで料理を口に運びながら話を続けた。
「それに、最近の噂では、この辺りの住民たちが何か不自然な動きや奇妙な現象を経験しているらしいですし。」
エリシアはその話に興味津々になり、彼らの会話が続くのを聞いていた。どうやら、二人はホームズとナスという名前で、何か特別な調査を行っているらしい。
エリシアは売店でお土産として地元のお饅頭を買い、部屋に戻るために歩いていた。
リョカンの静かな雰囲気が心地よく、彼女は旅の疲れが少しずつ癒されているのを感じていた。
——しかし、突如として魔術師としての勘が、ここには何かが不穏だと告げる。
だが、彼女はその感覚を気のせいだと片付け、気にしないことにした。
エリシアが廊下を歩いていると、前方から一人の男が急いで歩いてきた。
お互いに避ける暇もなく、エリシアとその男はぶつかってしまった。お饅頭の入った袋が床に落ち、いくつかの饅頭が転がってしまった。
男はすぐに謝りながら、エリシアの落としたお饅頭を拾おうと手を伸ばした。
「失礼しました!」
男は言いながら、饅頭を拾い集める。
「申し遅れましたが、私、新畑サブローです。」
エリシアは少し驚きながらも、彼が礼儀正しく饅頭を拾ってくれる様子を見ていた。
「こちらこそ、大丈夫ですわ。お手数をおかけしました。」
彼女は微笑んで答えた。サブローはその言葉に安堵したようで、饅頭を元の袋に戻しながら申し出た。
「本当にすみませんでした。もしよろしければ、お詫びにお茶でもご一緒しませんか?」
「ありがとうございますけれど、お茶の方はお気持ちだけいただきますわ。お疲れのところ、お手伝いをしていただき、感謝いたします。」
エリシアは荷物を部屋に置いた後、リョカンの館内を散策していた。
歴史ある施設の風情を楽しみながら歩いていると、ロビーに置かれたパズルゲームの前に一人の紳士が座っているのに気づいた。
山高帽をかぶり、真剣な表情でパズルに没頭していたその男の姿は、まるで古い映画のワンシーンのようだった。
「レイテン先生」と呼ばれるその人物は、周囲の宿泊客たちがささやく噂によると、数々の難事件を解決してきた天才探偵だという。
エリシアはその光景を目にして、なぜか不安な予感に襲われた。
何かが彼の存在に引っかかり、心の奥底で警戒心が芽生えていた。何故そう感じるのか、自分でもわからないまま、エリシアはそのままロビーを後にした。
エリシアは自室でお茶を飲みながら、一日の疲れを癒していた。
温かいお茶が体にしみわたり、安らかな時間を楽しんでいた。
その時、突然「ギヤあああああああ!」という甲高い悲鳴が館内に響き渡った。
驚いたエリシアはお茶を落とさないように注意しながら、音の出どころを探す。部屋の外からは、不安そうな声や、慌てた足音が聞こえてくる。どうやら、何か大きなトラブルが起こっているようだった。
エリシアは心配しながらロビーへと急いだ。廊下を抜けてロビーに足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。
中央の絨毯の上に、リョカンの支配人が倒れており、その胸にはナイフが突き刺さっていた。
血が広がり、周囲には数人の宿泊客が集まり、混乱と恐怖の表情を浮かべていた。
エリシアは支配人の状態を確認しようと近づいた。
「これは一体どういうことですの?」
彼女の声は震えていたが、周囲の動揺を抑えようとする意志が込められていた。
エリシアはロビーで起こった騒動の中心に立ち、周囲に集まる人々の顔を見渡した。
そこにはクドーとリンねーちゃん、ホームズとナス、カネダとユキミ、新畑サブロー、そしてレイテン先生がいた。彼らは一様に真剣な表情を浮かべ、まるで舞台上の俳優のように変な推理を始めた。
「君が怪しい!」
ホームズが指を指した。
「いや、犯人はお前だ!」
ナスが返す。
クドーが横から口を挟む。
「僕が見たところ、リンねーちゃんが怪しいと思うんだ!」
「何言ってるの、クドー!私は犯人じゃないわ!」
リンねーちゃんが驚いて反論する。
カネダがユキミに向かって言った。
「俺たちはずっと一緒にいたから、疑われる筋合いはない!」
「そうよ。新畑サブローさんが怪しいんじゃない?」
ユキミが頷く。
新畑サブローは冷静に答える。
「いやいや、私はただお饅頭を拾っただけですよ。」
レイテン先生が推理をまとめようとする。
「皆さん、それぞれの証言を聞く限り、誰もが怪しく見える。しかし、真実は一つしかないのです!」
エリシアはその場の状況に困惑し、周囲の混乱を見つめながら呟いた。
「え、なんか雑ですわね…」
突然、調理場からけたたましい悲鳴が上がった。エリシアと他の全員は驚き、慌てて調理場へと向かった。
調理場に着くと、恐ろしい光景が目に入った。
大きな鉄鍋がコンロの上で激しく沸騰しており、その中に料理長が顔を突っ込んで倒れていた。
蒸気が辺り一面に立ち込め、熱気とともに恐怖の匂いが漂っていた。
エリシアはその場に立ち尽くし、何が起こったのかを理解しようとした。鍋の縁から垂れる血と、料理長の無残な姿が現実感を欠いて見えた。他の人々も同様に恐怖と混乱の表情を浮かべていた。
「これは一体どうなっているんだ…?」
ホームズが小声で呟いた。周囲の人々も言葉を失い、ただその場に立ち尽くすばかりだった。
エリシアは震える手で口元を覆いながら、何か手掛かりがないかと調理場を見渡した。キッチンのカウンターには、料理の途中だったと思われる材料や道具が散乱していたが、何か特別な異変を示すものは見当たらなかった。
カネダが口を挟む。
「もしかして、これは古代の呪いかもしれない!」
ホームズが頷く。
「確かに、古代の呪いというのはあり得る。」
ナスが反論する。
「いや、それよりも星座占いが悪すぎたからだよ。今日は特に運勢が悪かった。」
リンねーちゃんが首を振る。
「そんなの迷信よ!異世界転生したって可能性もあるんじゃない?」
ユキミが真剣な顔で言う。
「いや、これはスカラー波に操られたんだと思う。」
エリシアは再び混乱した推理合戦に辟易し、声を上げた。
「スカラー波って何ですの……?」
一同は再びロビーに集結した。
エリシアは、どこかで立ち読みした漫画のシーンを思い出した。
「付き合ってられるか!俺は部屋に戻る」と言ったキャラクターが次に死ぬことが多かったのだ。
彼女がそのことを考えていると、一同は突然エリシアに向かって口々に言い始めた。
「エリシアさん、部外者は部屋に戻ってください。」
ホームズが微笑みながら言った。
「新畑さんこそ、お疲れでは?」
ナスが優しげに付け加えた。
「子供は早く寝ようね。」
クドーを見つめながらリンねーちゃんが言う。
エリシアは一瞬呆然とし、その後すぐに彼らの意図を理解した。碌でもない死亡フラグの押し付け合いが始まったのだ。
「ちょっと待ってくださいまし。なんですの、この露骨なフラグ立て合戦は。」
彼らの笑顔の裏に隠れた悪意が見え隠れする。ホームズは肩をすくめて言った。
「いやいや、ただの提案ですよ。部屋で休まれるのも一興かと。」
「お疲れでしょう?新畑さんも一緒にどうぞ。」
ナスが笑顔を浮かべた。
「子供は早く寝るべきですよ、ね?」
クドーを見つめるリンねーちゃんが微笑んだ。
エリシアは心の中で呟いた。
「これは完全にフラグですわね…」
彼らの露骨な言動に困惑しながらも、その場に留まることを決意した。
——うわあああああああ!
次の瞬間、ゲームコーナーから悲鳴が聞こえた。エリシアと他の一同はすぐにその場に駆けつけた。
ゲームコーナーの中央には、用務員のおっさんが倒れており、血だまりが広がっていた。
そのすぐ隣には全身黒タイツの男が立っていた。
「殺してやったぜええええ!」
男は狂ったように喚いていた。エリシアはその光景に目を見張り、息を呑んだ。他の一同も驚愕の表情で立ち尽くしていた。
「これは一体…」
ホームズが声を震わせながら呟いた。その指先が震えながら指差す先には、麻雀のゲーム機があった。
画面には「九蓮宝燈」で上がっているシーンが表示されていた。
「運を使い果たしたんだ!」
ホームズが叫んだ。
エリシアはその言葉に思わず突っ込んだ。
「なんでやね〜ん!!」
一同の目がエリシアに集まったが、彼女のツッコミに対する返答はなかった。全身黒タイツの男はまだ狂気じみた笑みを浮かべて立っていた。
エリシアの顔には明らかに怒りの色が浮かんでいた。
「そんな馬鹿なこと言ってる場合じゃありませんわ!」
エリシアは怒鳴りながら、全身黒タイツの男に向き直った。
「あなた、一体何をやってるんですの!? こんなところで!」
男はまだ狂ったように笑いながら、再び叫んだ。
「ひひひひひひぃ〜!」
エリシアはその言葉に頭を抱えた。
「もう、どうなってるんですの、このリョカンは…」
夜は長くなりそうだ。