究極と至高と、あとなんか
新聞社の社員であるカワタニと、伝説の美食家ウミハラが、ライバル新聞社が主催するメニュー対決に挑んでいた。
カワタニは、自慢の有機野菜や天然の魚介をふんだんに使った洗練された料理を提案していた。一方、ウミハラは予想外にも、日本の庶民的な料理を選んでいた。
「料理は技法だ!」
ウミハラが鋭い目つきでカワタニに説教する。
「素材なんぞに頼っているようでは、真の料理人とは言えん!」
カワタニは冷静に聞いているが、その目には譲れない意志が宿っている。会場の空気はピリピリと張り詰め、観客もどちらが勝つのか固唾を飲んで見守っていた。
その時、突然エリシアが会場のドアを勢いよく開け放ち、乱入してきた。
彼女は自信満々の表情で、ウミハラとカワタニの間に割り込む。
「シーチキンご飯を提案しますわ!」
会場は一瞬静まり返った。関係者たちがポカンとした顔でエリシアを見つめる。
「何だ、あんた!?」
一人の関係者が驚きと戸惑いを隠せないまま、エリシアに言う。
「関係ない奴は出ていって!」
別のスタッフがすかさず続け、エリシアを押し出そうとする。
「ちょっと待ちなさい!シーチキンご飯はシンプルながらも奥深い——」
「出て行け!」
「関係ないですわよ!」
エリシアが提案を続けようとした瞬間、スタッフが強引に彼女を会場の外へと押し出し、ドアがバタンと閉じられた。
エリシアが会場から追い出されてからしばらくして、運ばれていく「シーチキンご飯」のトレーが、調理場から現れた。
「シーチキンご飯の醍醐味は、空き缶の隅に残ったシーチキンを爪楊枝でほじくるところですわ!」
エリシアの声が遠くから響き渡るような気がした。
運ばれてきたシーチキンご飯を見た関係者たちは唖然とした。まさか、本当にシーチキンご飯が運ばれてくるとは夢にも思わなかったのだ。
「これが……対決料理の一つか?」
一人の関係者が目を丸くしてつぶやく。
「厨房はどうなってるんだ!?」
別の関係者が慌てて調理場へと向かう。
厨房のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、完全にエリシアの支配下に置かれた厨房の光景だった。
シェフたちはみな一列に並んでシーチキンの缶を開け、黙々とシーチキンご飯を作っている。
「おい!何をやってるんだ!?」
関係者が声を上げるが、シェフたちは振り向きもしない。
エリシアは腕を組んで、得意げに厨房の中央に立っていた。
「これこそが、真の料理の魅力ですわ!」
エリシアは勝ち誇ったように笑う。
「やめろ!こんなの料理対決にならん!」
「いやですわよ、料理は心で作るのです。シーチキンご飯こそ、その究極形ですわ!」
関係者たちは慌ててエリシアを厨房から追い出そうとするが、彼女は頑として動こうとしない。シーチキンご飯の匂いが漂う中、対決の行方はますます混沌としたものとなっていった。
カワタニとウミハラが、両者の麺料理を出し合い、緊張感の漂う対決が再開された。
カワタニの料理は、シンプルながらも出汁の技法が光る蕎麦。上品な香りが漂い、食欲をそそる一品だ。
対するウミハラは、中国三千年の歴史が詰まった伝統的な麺料理を披露。複雑な風味と豊かな食感が絡み合い、まさに芸術とも言える仕上がりだ。
ウミハラが誇らしげに吠える。
「ふん!いくら技法に優れていようとも、素材がよくなければゴミ同然だ!」
会場に緊張が走ったその時、再びドアがバァン!と大きな音を立てて開いた。
エリシアが乱入する。
「またあんたか!」
関係者たちは一斉に顔をしかめる。
エリシアが高らかに宣言する。
「これが私の提案する最高の一品ですわ!」
その手に掲げられていたのは……。
「10分放置して麺が伸び切ったカレーヌードルとコーラ」だった。
場内がどよめく中、エリシアはカレーヌードルのカップを高々と掲げ、堂々と語り始める。
「この麺を見てくださいまし!10分間も放置され、伸びきった麺が絶妙にスープを吸い込み、ドロドロになったカレースープを飲み干す至福のひととき!」
カワタニとウミハラは呆然とエリシアを見つめる。
「そして、その後にコーラを飲む!シュワシュワ感が絶妙に抜けていくその感覚!これこそが至高のコンビネーションですわ!」
会場は静まり返り、誰もが何を言っていいのか分からずにいた。
ついに、ウミハラが口を開いた。
「……これは、料理の対決ではない……何か、別の次元の戦いだ……」
カワタニも困惑した様子で首を振る。
「一体何なんだ、この状況は……」
エリシアは満足そうに笑いながら、放置されたカレーヌードルを食べ始めた。周囲の視線をものともせず、彼女は自分の世界に浸りながら、勝利を確信したかのような表情を浮かべていた。
カワタニとウミハラが、ついに最後のデザート対決に臨む。
カワタニが用意したのは、フランス料理の技術と芸術が詰まったデザート。繊細な味わいと美しいプレゼンテーションが見る者を魅了する。
一方、ウミハラが提案したのは、日本の伝統を守り続ける和菓子。上品な甘さと丁寧に作り込まれた美しい形が、口の中でとろけるような優しさを演出している。
両者のデザートが並び、審査員たちが期待に満ちた視線を送る中、再びバァン!とドアが激しく開いた。
「またか!」
関係者たちが一斉に叫ぶ。
そこに現れたのは、もちろんエリシア。
「いい加減にしろ!」
「今度こそ警察を呼ぶぞ!」
関係者たちが口々に叫ぶが、エリシアは意に介さず、堂々と何かを運んできた。
それは——バケツだ。
エリシアは誇らしげにバケツを掲げる。
「これが私の提案するデザートですわ!やっぱりプリンをバケツごと食べたいのは少年たちの夢ですの!」
会場が一瞬静まり返る。誰もが信じられないという顔でエリシアを見つめた。
その後、カワタニもウミハラも、関係者たちも、やむを得ずプリンを一口ずつ味わった。しかし、その途端、全員の顔が一斉に青ざめた。
プリンの甘ったるさが口の中に広がり、しかもバケツいっぱいの量が視覚的にも胃にも圧迫感を与える。瞬く間に胃もたれが襲いかかり、誰もが苦しむことになった。
エリシアも眉をひそめながら言った。
「あの量だから良いんですわね……」
会場全体が重い沈黙に包まれ、誰もがこの狂気じみたデザート対決が終わるのを待ちわびることとなった。




