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ちがうでござるよ

 エリシアは新しい冒険の拠点として借りた物件で一息ついていた。




 古びた木造の家だが、外敵から身を守るには十分な場所だと思っていた。しかし、夜になると天井裏から奇妙な音が響いてきた。




「カサカサ……ゴトッ……」




 エリシアはその音に眉をひそめ、天井を見上げる。


「何かいる……?」




 不安に駆られつつも、冷静に魔術師としての準備を整える。




 だが次の瞬間、天井板がいきなりバキッと割れて、何者かが真っ逆さまに落ちてきた。




「どわああああっ!」




 エリシアは驚いて後ろに跳ねる。床に激突したのは、全身黒装束に身を包んだ、覆面を被った人間。まさに忍者そのものだ。




「なんなのよ、あなた!」




 忍者は痛そうに頭をさすりながら立ち上がり、深々とお辞儀をした。


「いや、拙者は忍者ではござらんよ」




 しかし、天井からはさらに手裏剣やロープ、煙玉など、典型的な忍者道具が次々と降り注いでくる。エリシアは冷静にそれらを避け、男を疑いの目で睨む。




「ちょっと、どう見ても忍者ですわよ!」




 忍者は慌てて手を振り、必死に弁解する。




「い、いえ、拙者は違うでござる!これはただの……その……」




「忍者以外の何者ですの!?手裏剣まで持ってるじゃありませんこと!」




 男はどこか居心地悪そうにしながらも、断固として主張を繰り返す。




「忍者ではござらん!ただの……あ、アクション好きの者でござる!」




 エリシアは呆れ顔で男を見つめた。どう見ても怪しい男の言い訳を信じる気にはなれないが、突っ込むのも面倒くさいとばかりに、彼を無視して部屋の掃除を再開することにした。




 ——その後。




 エリシアはご飯を作り終えて、食器を棚に戻そうとしていた。丁寧に洗い上げた皿を棚の奥に戻すため、棚の扉を開けたその瞬間——。




 ガラガラッ!




 棚の中から何かが飛び出してきた。




「うわっ!」




 驚いて飛び退いたエリシアの目の前に現れたのは、またしても全身黒装束に身を包んだ男、そう、忍者だった。




「何でこんなところにいるんですの!?」




 男は冷静に一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「いや、拙者は忍者ではござらぬ」




 エリシアは目を見開いて男を睨みつけた。さっきも似たようなことを言っていたような……。




「いやいや、どこからどう見ても忍者ですわよ!棚に隠れている時点で十分怪しいですし!」




 男はその言葉に怯むことなく、きっぱりと否定する。




「棚が少し狭かったでござるが……拙者は忍者ではござらん。これはただの偶然でござる!」




 エリシアは呆れ返りつつ、ため息をついた。




「もう、忍者でもなんでもいいですわ。とにかくここから出て行きなさい!食器を戻せませんの!」




 男は恐縮したように、手裏剣や忍者道具を手早く片付けると、またもや深々と頭を下げて棚から姿を消した。




 エリシアは、棚をじっと見つめ、慎重に食器を棚に戻した。男の姿はもう見えなかったが、妙な違和感が残る。忍者ではないと言い張るその男、いったい何者なのだろうか……。




 エリシアは夕食を終えて、テレビの前でくつろいでいた。




 テレビ台の上にはいくつかのDVDが並んでおり、その中でも特にお気に入りの「めっちゃええ感じvol2」を見ようと決めた。




「さあ、これでも見てリラックスしますわ」




 彼女はテレビ台の引き出しに手を伸ばし、DVDを取り出そうとした。




 ガラガラ!




 引き出しの中から、またもや黒装束の男が現れた。




 狭い引き出しの中から、何とかして身を潜めていたらしい。




「またですの!?」




 男は少し戸惑った様子で、再び頭を下げた。


「拙者は忍者では……」




 しかし、言い終わる前にエリシアが勢いよく声を張り上げた。




「ええねん!もう!出ていってくださいまし!」




 男は驚いた表情を見せながら、またしても頭を下げ、静かに引き出しから出て行った。


 エリシアは肩をすくめ、ため息をつきながら、ようやく「めっちゃええ感じvol2」のDVDを手に取った。




「なんなんですの、この家……」




 エリシアは、忍者が潜んでいないか警戒しつつ、DVDを再生してソファに腰を下ろした。テレビ画面に映る映像に目を向けながら、今度こそリラックスしようと心に決めた。




 エリシアは、気を取り直してビールでも飲んでリラックスしようと冷蔵庫に向かった。




 冷蔵庫の扉を開けると、冷たい空気がキッチンに漂い、彼女は目を細めた。




「さあ、ビールを……」




 パタン……




 冷蔵庫の中から、不自然な音がした。




「え……?」




 その瞬間、冷蔵庫の棚の間に身を潜めていた忍者が、全身を震わせながら姿を現した。




 寒さで歯がカチカチと鳴り、顔色も青ざめている。




「せ、せせ拙者はははは……に、ににに忍者じゃじゃでででではごごごご」




 エリシアはあまりの状況に一瞬絶句したが、すぐに呆れた顔で冷蔵庫を指差した。




「はよでろや!凍死しかかってますわよ!」




 忍者は震えながら冷蔵庫から這い出し、エリシアの言葉に従うように急いでその場を去った。




「ったく、次は冷凍庫にでもいるんじゃありませんの……?」




 エリシアはため息をつきながら、ようやくビールを取り出し、一口飲んで気を取り直した。




 エリシアは、ようやく一息ついて風呂に入ろうと浴室に向かった。




 疲れた体を癒そうと湯船を眺めると、湯の表面から一本の竹の筒が突き出ているのを発見した。




「……モロバレですわよ」




 呆れたエリシアは、湯船に手を突っ込んで忍者を引き上げようとしたが、予想外のことに誰もいなかった。




 湯の中にあるのは竹の筒だけで、忍者の姿はどこにも見当たらない。筒だけがポツリと浮かび、しばらくそのまま静かに揺れていた。




「えぇ……?」




 エリシアは風呂から上がり、髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、机の上に置いた賃貸契約書が目に入った。


 ふと気になり、契約書を手に取り内容を再確認する。




「セキュリティ万全……ですわね」




 そう書かれた文言に安心しつつ、視線を下へと移していくと、契約書の一番下に小さく何かが書かれているのに気がついた。エリシアは目を細めてその文字を読み取る。




「……事故物件?」




 その言葉を口にした瞬間、エリシアは不意に背筋に寒気を感じた。


「な、なんですのこれ……」




 エリシアは、その一言が頭から離れず、思わず部屋を見回すが、特に変わった様子はない。しかし、どこか得体の知れない不安が心に残り、エリシアは不安げに賃貸契約書を見つめたまま、その場に立ち尽くした。

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