緊迫の収録
収録現場のアシスタントとして働くエリシアは、まるで張り詰めた空気の中にいるような緊迫感を感じていた。
スタジオの中には、革ジャンを着た気難しそうなアーティストが立っていた。
彼は精神統一をしているらしく、周囲の喧騒に全く反応しない。
エリシアは彼が飲み物すら受け取らないのを見て、どう対応すればいいのか分からずにただ立ち尽くしていた。アーティストの周りにはスタッフたちが忙しそうに動き回り、全員が彼の一挙一動に神経を尖らせていた。
アーティストの目は半分閉じられ、深い呼吸をしている様子が見て取れる。エリシアは彼の集中を乱さないように細心の注意を払いながら、スタジオの片隅で黙って待機していた。
エリシアはアーティストの前に差し出すために、慎重に飲み物を持っていた。だが、マネージャーが彼女の動きを察知し、すぐに駆け寄ってきた。
「エリシアさん、待ってください!」
マネージャーが小声で制止する。
「これ以上の動作はお控えください。」
エリシアは驚きと戸惑いの表情を浮かべながら、手に持った飲み物を少しずつ下げていった。
「ですが、アーティストさんが喉を渇かれているかもしれませんわ。」
「今は、彼の集中を乱さないことが最優先です。」
マネージャーは厳しい表情で言い放ち、そのままエリシアを静かに送り出した。エリシアはそのまま片隅に戻り、じっと待つことしかできなかった。
アーティストは依然として目を閉じ、深い呼吸を続けていた。エリシアはその神経を尖らせるような緊迫した雰囲気を感じながら、静かにその時を待っていた。
スタッフたちは一斉に緊張した面持ちでアーティストを見守っていた。
伝説のアーティストは椅子に座り、俯いたまま動きがなかったが、突然口を開いた。
「エアコンつけろ、暑いじゃねえかよ」
スタッフたちは驚きとともに動き出す。
「す、すぐに調整します!」
「はい、すぐに!」
エリシアはその言葉に反応し、慌ててエアコンのスイッチを入れに走る。マネージャーも指示を出しながら、他のスタッフたちと共にすぐにエアコンの設定を調整し始めた。
エリシアは冷や汗をかきながらエアコンのリモコンを操作し、設定温度を下げると、アーティストの様子を心配しながら周囲の動きを気にしていた。
アーティストは椅子に深く沈み込んでいたが、その表情にわずかに安堵の色が浮かんでいた。
スタッフたちも緊張が解けた様子で、次に何をするべきかを考えながら、エアコンの冷気が部屋に行き渡るのを待っていた。
エリシアはアーティストが革ジャンを着たままの姿を見ながら、内心で突っ込んだ。
「革ジャン脱げや…」
しかし、その思いはすぐに現実に戻される。アーティストが突然、マネージャーに向かって問いかけた。
「お前何年目だ?」
マネージャーはその言葉に一瞬驚き、すぐに冷静さを取り戻そうとする。
「え、ええと…もうすぐ5年になります。」
アーティストはその答えに対して特に反応を示さず、ただ冷たい視線をマネージャーに向けた。
エリシアはその場の緊張感を感じ取りながらも、黙ってそのやり取りを見守るしかなかった。周囲のスタッフたちは気まずい沈黙の中で、アーティストの指示を待ちつつ、静かに作業を続けていた。
アーティストが不意に口を開いた。
「よし、いくか。」
その言葉が場の空気を一変させた。スタッフたちは一斉に動き出し、緊張感がピークに達する。エリシアもその指示に従い、収録の準備を整えるために素早く動いた。
アーティストは深く息を吸い込み、革ジャンの上から少しだけ見える緊張した肩を揺らしながら、ステージに向かう準備を整えていた。
彼の目は真剣そのもので、全てが今まさに始まろうとしていることを物語っていた。
スタッフたちはそれぞれの位置について、マイクやカメラ、照明の最終確認を行う。エリシアも手際よく機材のチェックをし、収録の準備を整えた。
「マイク、スタンバイ!」
アーティストの指示により、全てのスタッフが一斉に動き出す。エリシアはその流れに乗り、集中力を高めながら収録の最終段階を迎える準備を整えた。
——そして!
カニッカニッ♪カニッカニッ♪カニが美味しい温泉パーク♪
ホテル・ニューゥ↑アーワーズウウウゥ♪
エリシアはその瞬間、唖然とした表情を浮かべた。
エリシアは驚愕の表情を浮かべ、アーティストがこのCMソングの担当だったことに気づいた。アーティストは、緊張感のある雰囲気を一瞬にして変え、CMソングに合わせてリズムを取る。
エリシアはその場に立ち尽くし、ただただ唖然とするばかりだった。
「CMかよ……」




