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時間

作者: いな

 「じゃあ、なかったことにすればいいじゃん。いつもの。怖いの?」




 付き合って一年の記念日に彼女が死にました。死ぬ前日に聞いた、彼女の言葉です。彼女が死んでもまだ、僕は死ぬのが怖かった。




 「見て、海月。」


 何度も来た水族館の、何度も見た海月の前で、彼女はいつものように笑って見せました。僕は彼女の顔がとても好きです。もう海月なんてどうでもよくなってしまうくらいに。


 「飽きないの?」

 「え?飽きないよ。何時間でも見てられる。家にこういうの作りたい。」


 それはまた、困った願望です。僕が叶えてやらないといけません。その場で。まだ建ってもいない家に水槽を作る値段を調べて眉が寄りました。いつかの僕に頑張ってもらうしかありません。


 きっと今日も海月だけ見て帰るのでしょう。僕はイルカが見たいのに。そんなことを言ったら、「私は興味ない」と切り捨てられてしまうことでしょう。彼女はわがままです。


 何もかもいつも通りでした。帰り道までも、ずっと。彼女とさようならをしてまた明日です。朝起きて、僕はまた今日を繰り返すのです。明日になるわけにはいかなかった、どうしても。




 その日の晩、両親が喧嘩をしていました。ガラスが割れ、怒鳴り合う声が聞こえます。いつものように何も見たくなくて、何も聞きたくなくて布団に潜り悪夢からの誘いに乗りました。僕は死にたかった。




 また、いつも通り水族館に向かおうと家を出たところです。いつもと違いました。家の前に、いないはずの彼女がいます。いてはいけない、彼女がいます。痣だらけになった顔で、


 「今日は、違うところに行こうか。」


 「…え?」







 僕は明日、彼女が死ぬことを知ります。自ら死を選ぶことを知ります。彼女に母親がいないことを知ります。お金のために、たくさんの男性と関係を持っていたことを知ります。彼女について何も知らなかったことを知ります。僕は、何も。







 知られた。いや、知られていた。彼女はずっと、僕のしていたことを知っていました。そしてきっと、彼女も同じことをしていました。隠せることなどないのでしょう。彼女と話をしなければなりません。




 「いつから、知ってたの。」知らない廃ビルの屋上で、先に口を開いたのは僕でした。


 「え?ずっと。だって私も繰り返してるんだもん。びっくりしちゃったよ。死んだはずなのに、起きたら普通に部屋の布団だったから。ニュース見ても日付は変わってないし、お父さんの様子も携帯に残ったメッセージも丸っきり昨日と変わってなかった。なのに君の様子だけ違うんだもん。だから、私か君のどっちかが原因だと思った。でも私は明日になってほしいし、なら君が明日を拒んだんだってことくらい容易に想像できたよ。じゃあなんで私だけ君に巻き込まれたんだろうね。なんでだろうね、君と近い場所にいるからかな。それとも、何か別の理由だと思う?」


 「何が言いたいの。」


 「君が私の死を拒んだんだね。死にたかったよ。君も、明日を見たんでしょう?私がしてたことを知ってるんでしょう?ねぇ、どうして繰り返したりするの。どうして死なせてくれないの。」


 「…生きていてほしい。知ってる、全部。君がしたこと。でもごめん、それでも君に生きていてほしい。」


 「そんなこと望んでない。」


 「じゃあどうして、君も今日を繰り返してるの?」


 「はぁ?だから、私は自分の意志じゃない。君に巻き込まれてるだけ。」


 「違うよ、君は僕に巻き込まれているわけじゃない。君は、自分の意志で今日を生きてる。本当に僕に巻き込まれているなら、君に"繰り返している″という意識はないはずだろ。」


 「…。」


 「どうして死んだりしたんだよ。どうしてそれでもここにいるんだよ。一生今日を繰り返す気かよ。」


 わかっています。この子の苦しみを。誰にも言えなかったことを。一度死に、それでも死ぬのが怖かったことを。繰り返すのをやめたら、彼女は明日死ぬということ。それは、今ここにいる彼女がどれだけ後悔しても変わらないということ。彼女の強がりも。


 そして、彼女はわかっていません。僕が彼女を愛していること、その量も。僕より先に死んでほしくないこと。彼女がいない世界で生きられるほど、僕は強くないということ。




 僕も、とっくに限界だということ。




 「え。」


 雨が降っていてよかった。泣いていることに気付かれずに済みました。


 「まって」


 生憎、彼女がいない明日を迎える強さは持ち合わせていません。


 「やめて」


 いいえ、これでさよならです。


 僕は彼女の目を見ずに空を飛びました。彼女は泣いてくれるでしょうか。あぁでも、僕がいなくなった後に彼女を一人で泣かせるわけにもいかなかったかな。


 僕が最後に見たものは、泣きながら、それでも微笑む彼女の顔でした。僕は彼女の笑顔がとても好きです。僕は自分の命をもって、彼女へ愛を伝えることに成功したのかもしれません。それだけでも十分でした。


また明日会いましょう。天国にも、海月がいるといいですね。

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