第97話 聞いたことのある声
病室は2階に移っているので、僕らは階段で向かった。手には途中で買ったばあちゃんの好きな菓子をぶら下げて。
晄矢さんはどういうわけか、ネクタイにスーツの上着まで着ている。冷房が効いてるから暑くはないだろうけど、別にラフにしてればいいのに。僕は普通にTシャツ、デニム。
――――病院で話すって言ってたけど、まさかばあちゃんの前で話すんじゃないよな? 見舞いと入院の手続きだけして、それから話すってことだろうか。
僕は意気揚々と階段を昇る晄矢さんをちらちらと盗み見しながら昇った。
「南谷さん、先ほどご家族の方がみえて、今、談話室にいらっしゃいますよ」
「はっ? か、家族?」
入院手続きをナースセンターで済ませ、病室に行こうとしたらそう呼び止められた。
僕はとても人に見せられないような歪んだ顔をして聞き返した。晄矢さんがいるってのに、そんなもの気にする余裕もない。
「家族って……僕しか……」
――――脇田さんでも来てくれたのかな? 救急搬送されたときも付いて来てくれたんだし。
「どうした? 涼、談話室行くぞ」
「あ……うん。でも、晄矢さん……」
なんだ? 晄矢さんだって、今の聞こえたはずだ。おかしいって思わないのか? 僕はすたすたと廊下を歩く晄矢さんを追いかける。
ナースセンターを挟んで病室とは反対側に談話室はある。明るい陽射しが入る部屋。大きく入り口が開いているので、近くまで行くと話し声が聞こえてくる。飛び切り明るい声。間違いなくばあちゃんの声だ。
――――あんなに嬉しそうな声、久しぶりだ。随分良くなったんだな。
だがその声に混じり、どこかで聞いたことのある声が……しかも……。
――――泣いてる? いや、笑ってるのか……。それにこの声……僕の……知ってる人の声だ。
いつしか僕の足は速くなり、ほとんど走るようになって晄矢さんを追い抜いた。
リノリウムの床をスニーカーの靴底が擦り、キュッキュッと鳴る。ぶら下げた菓子の袋が足の動きを阻んでもどかしい。
「う……嘘……」
窓から日差しが入って眩しい。その姿は逆光になっている。けど……ばあちゃんと、もう一つの影……見間違いじゃない、それは……。
「か……母さん……」
椅子に座るばあちゃんに寄り添い立っていたのは、10年前に生き別れた僕の母だった。