第91話 こんなオチ
病院に着いたときは、まだチラチラと星が空に見えた。東側の山際が姿を表し、空の色を鮮やかにしていくトワイライト。
けど、僕はそんな風情を全く感じることなく、ようやく闇を抜けた空の下、病院の入口へ駈け込んでいった。
病院は僕の実家からは車で20分くらいだろうか。この近辺では最も大きな地域病院だ。夜間受付に行き、僕は名前を告げる。
「南谷真紀子さんですね……3階の集中治療室にいらっしゃいます。ナースステーションに……」
南谷真紀子。間違いなくばあちゃんだ。南谷は母の旧姓。
「ありがとうございます!」
最後まで聞かずに僕は廊下をひた走る。エレベーターを待つことができず、非常階段を一つ飛ばしに駆け上った。
「あのっ!」
時刻は5時。夜勤の看護士さんが二人。モニターを眺めていた。
「あら……もしかして南谷さんの」
「はい。家族です」
僕の顔を一目見て、年配の方の看護士さんが言った。僕の知ってる人だろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
「南谷さんが自慢してたから、きっとそうだと思いました」
「え?」
ばあちゃんが自慢してた? いつ? 昔の話か?
「南谷さんの容体はどうなんでしょう。会うことは可能でしょうか?」
気が急くのにちゃんとしたことが話せない僕に代わって、晄矢さんが肝心なことを聞いてくれた。
集中治療室だと家族であっても会わせてもらえないかもしれない。
――――いや、もし会わせてもらえても、それが最後の……。
浮かんだ考えを僕は首を振って取り消す。想像するのも怖かった。
「どうでしょう。さすがに寝てるかも。痛みが引いてお元気になられてからは、ずっと喋り倒してらしたけど」
え……? げ……。
「元気!? ばあちゃん元気なんですか!?」
「し、静かにしてください。他にも入院患者の方おられますからっ!」
あまりに驚き、僕は自分でも信じられない大きな声を出してしまった。
「す、すみません。あの、南谷は……」
「お元気ですよ。運ばれたときは痛みで失神されてましたが、日付が変わる頃には回復されました」
「ああ……そうなんだ。良かった……」
僕はヘナヘナと病院の冷たい床に座り込んでしまった。
ばあちゃんの病名は結石という、体内に石ができちゃう病気だった。高齢(なんて言ったら怒られそうだけど)の女性にはたまにあるらしい。
場所によって激痛が走り、ばあちゃんはそれで気絶したと……。少し入院が必要なようだけど大事はなかった。人騒がせだよ……でも、騒がせただけで良かった。
「こんなオチで……晄矢さん、ごめんね」
「なに言ってる。むしろ良いオチだよ。良かったじゃないか」
車で拾われてから、初めてしっかり見た気がする。晄矢さんは事務所から駆けつけてくれたみたいだ。
上着とネクタイは車だけど、長袖のシャツを腕まくりしてる。ホッとしたからか、いつも以上にカッコよく見えてしまった。