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第83話 マザーコンプレックス


 気が付くと、晄矢さんは僕の隣にいた。僕の背中から包み込むようにし、頭の上に顎を乗せてる。

 背中に心臓の音が響く。正確に、強く、そして少し早くそれは打つ。僕の心臓の音とおなじように。熱い血脈が体温とともに同化して、僕に流れ込んでくるようだ。


「俺……実は結構マザコンでさ」

「え……マザコン?」


 急に何の話だろう。随分前に亡くなったお母さんのこと?


「母さんは、元は親父の秘書だったんだ。ハーフってのもあるけど、語学が堪能でね。でもすごく努力してたんだ。彼女は普通の家庭の人だったから」


 写真で見た晄矢さんのお母さん。金髪の綺麗な人だった。上品そうな笑みを湛えていたから、城南家と同じような良家の出かと勝手に思ってた。


「ハーフで見た目が違うってことで随分と苦労したんだけど、実力を身に着け大学を出た。頑張り屋なところは涼と似てるだろ?」


 頑張り屋……自分がそうだと思ったことはないけれど。

 晄矢さんのお母さんは四か国語が堪能であるのを武器に、城南法律事務所に就職した。そしてその時副所長だった祐矢氏の秘書になる。

 容姿、人柄もそうだけど、ガッツのある仕事ぶりに惚れた祐矢氏。彼の猛烈なアタックで結婚したと、晄矢さんは続けた。


「母さんは親父より俺らに厳しくてね。ちょっと信じられないだろ? あの頃の親父は甘かったんだ」

「そうなんだ……」


 僕はついさっきの祐矢氏の様子を思い出す。祥一郎君の前ではデレデレだった。もしかしたらお母さんは、甘すぎる父親を危惧して厳しくしてたのかな。


「俺ら兄弟が法律家を目指そうが、違う道を進もうが、一端の人間になるようそうしてたんだろうな。子供の頃から金持ちなんて、ほっといたらロクな奴に育たない」


 それは言い過ぎだろう。根っから貧乏人のほうが、ほっとけばロクな奴にならない。


「いつも元気で、子供から見ても輝いてた人が、突然の病に倒れた。俺が中学3年生のときだったな。留学するのを取りやめた。母さんは怒ったけど、そんなのいつでもできるから」


 ――――ああ、そうか。晄矢さんは大学4年生の時、米国に留学したんだったな。


 晄矢さんの、僕を抱く腕に力が入る。深いため息が耳たぶをかすめた。


「あんなに元気だったのに、みるみるうちにやせ衰えて。俺たちが見舞いに行くと、無理やり笑顔を作ってくれた……けど、それが返って苦しくて」


 結局、お母さんは病名が判明してわずか半年後に亡くなった。榊教授も言ってた。その頃の晄矢さんは痛々しかったと。


「若かったから……進行が早くてさ……あっと言う間だった」


 それから10年以上の月日が経った。あの日々のことは、今でも誰も触れないという。きっと誰の胸にも深い傷を残した。大切な人との別れ。


「でも、傷はもう癒えたと思ってたんだ。それがあの夜。涼が……この家を出るって言った時。急にフラッシュバックしてね。突然大切な人を失った、あの深い穴に落ちていくような……ショックを」


 あの夜……晄矢さんは僕を返さまいと説得した。いつも紳士な晄矢さんが豹変し、『貧しい暮らしに戻る必要はないだろう』と。


 それは僕の吹けば飛ぶような自尊心プライドを傷つけることになったのだけど、晄矢さんの頭の中には、僕の知らない、耐えきれない恐怖があったんだね。




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