第79話 別人
僕はばね仕掛けのおもちゃみたいに立ち上がる。
「あっ! は、はい。お邪魔しています」
祐矢氏はこの家の主だ。いて当然だし、その人を無視して食事を始めちゃってるのもまずいんじゃ。僕は平身低頭のていで頭を下げる。
「その節は、御挨拶もせず……」
「もういい、そんなことは。せっかくの料理がまずくなる。さっさと座れ」
え? なんか調子が狂う……。僕が腰を下ろすと、晄矢さんが耳元で囁いた。
「親父は祥一郎が来てから、なんか変なんだよ」
「そ……そうなの?」
見ると、祥一郎君が祐矢氏の隣に椅子を運び、ちょこんと座った。途端に祐矢氏は相好を崩して……なに?
「3日に一度くらいは一緒に夕食取ってるんだぜ」
まじ……。僕がいたころは、ほとんど家で夕食を取らなかったのに。
「晄矢たちは別れたわけじゃなかったんだな」
だが祥一郎君から目を離すと、にやけ顔を普通に戻し陽菜さんと同じ質問をする。いや、表情柔らかいままで良かったのに。
「当然です。父さんにも説明したじゃないですか。同棲は俺が頼んだんですよ。輝矢が帰ってくるまでいてくれって」
「そ、そうです。で、帰ってこられたので僕は、自分のアパートに……。大学やバイトもあったので……」
しどろもどろとはこのことか。
「ああ、そうか。まあわかった。ならいい。晄矢、例の詐欺グループの件、終わったのか?」
ならいい? 全然興味なさそうなのはなんなんだ。
「ああ、はい。ようやく片付きました。これで安心できます」
急に仕事の話になった。詐欺グループ。なんだろう。
「うむ。まあ金にならん仕事だが、根気よくやれたな。お、祥一郎、これが欲しいのか? 三条、これ、追加だ」
かと思うと、隣の祥一郎君に目じりを下げて……全く別人だよ……。僕は晄矢さんの表情を覗く。すると、外人のパフォーマンスのように、首を竦めた。
――――あ、そうだっ!
僕は晄矢さんのその格好を見て唐突に思い出した。
「ねえ、晄矢さん。僕、この間榊教授と話をしたんだ」
「え……」
シェフ特製ローストビーフを口に放り込んだ晄矢さんは、それを噛まずに飲み込んでしまった。
「うげっ! ゴホッ!」
「晄矢さん、大丈夫!?」
晄矢さんは、顔を真っ赤にして席を立った。そのまま慌てて洗面所に駆け込んだ。
「おいおい。なにやってんの、晄矢は」
「すみません。なんか喉詰めちゃったみたいで。見てきます」
輝矢さんに言われるまでもなく、僕は晄矢さんを追いかける。
「相模原様、こちらを……」
三条さんがミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれた。さすがっ!
――――しかし、なんであんなに慌てたんだろう。やっぱり……なにかあるんだ。
リビングの奥にある洗面所。僕は腕まくりする思いで晄矢さんに迫った。