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第61話 僕は体を売らない。


 晄矢さんの寝室。晄矢さんは僕の鞄を見つめ、ドアのところで立ち尽くしている。


「晄矢さん、でも、どこかで区切りをつけないと……」

「だからって、すぐ出て行くことないだろうっ?」

「今行くのがいいんだよ。輝矢さんに誤解を与えないためにも。それに祐矢先生も輝矢さんのことに集中できる。出来れば僕の存在を忘れてもらえれたら都合がいいじゃない」


 そうだよな。今出て行くのがきっと一番いい。


「どう……都合がいいのかわからないな」


 直立不動だった晄矢さんは、長い脚をフル活用した大股で僕のすぐ横に詰め寄ってきた。体も大きいから圧が凄い。


「俺は言ったはずだ。たとえ、首尾よくいったとしても、おまえがここを出て行く必要はないと。もうフリをしてる関係じゃないんだ。俺とおまえは本当の恋人、パートナーになったんだぞ?

 バイト代が嫌だと言うなら、それはやめる。その代わり、うちの事務所で引き続き働いてくれたらいいしっ」


 僕の両肩を抱き、マジな説得モードになってる。そんな風に言われたら僕だって……。


「涼がまた、あのアパートに戻って苦しい生活するのは見てられないんだ。風呂もない部屋で、バイトに明け暮れてさ。勉強もままならないじゃないか。

 援助とかじゃないけど、俺の恋人なんだから……ここにいて、思う存分勉強すればいいんだよ」

「え……それって……」


 ああ……なるほど……そうだよ……ね。


「風呂は大学のシャワーで十分だよ。と言っても晄矢さんには想像できないか。僕の生きてきた場所は、風呂のない四畳半なんだ。今までも……今だって変わらない」


 頬が少し引きつる。でも精いっぱい笑って見せた。だけど、どうしてだろう。涙が出てくるんだ。


「あ……いや、そうじゃなくて。ごめん、涼、違うんだ」


 晄矢さんは、僕をがばっと抱きしめる。スーツを着たままの晄矢さんは、まだ仕事の匂いを纏ったままだ。オーデコロンと事務所の空気が混ざった匂い。


「わかってる、晄矢さん。うん。僕らが住む世界が違うこと、僕がちゃんと覚えていなきゃいけなかった」

「涼、そんなふうに言うな」


 腕に力が入る。このままじゃ抜けられなくなる。僕は晄矢さんの厚い胸板に両手を立てた。まるで抱かれるのを嫌がる猫のように。


「僕はあのボロアパートと大学とバイトを往復して、その合間に勉強してる貧乏学生だよ」

「住む世界がどんなでもおまえへの俺の気持ちは変わらない。一緒に居たいというのは……俺の我が儘だよ。でも、涼にとっても勉強時間が確保できるし、弁護士の仕事にも触れられる。この場はおまえが自分で勝ち取ったんだ」

「晄矢さんに好かれたことで?」


 これが、俗にいう玉の輿なんだろうな……。涙目のまま晄矢さんを見上げる。


「そうだよ……それを……俺を受け入れてほしい」


 別にそんなに固く考えることはないのかも。僕を好きになってくれた人が、たまたま裕福で僕を援助してくれる。僕もその人が大好きで……。


 ――――だけど……それは、違う。


 根っから貧乏性なんだよ。仕方ないじゃないか。晄矢さんが好きな僕は、きっとホントの僕じゃない。高校ジャージが部屋着兼寝巻で、寝袋で寝る僕じゃないんだ。


 これ以上ここに居ると、晄矢さんは家を捨てると言いかねない。一緒に出て行くと。


 ――――そんなことはさせられない。


「言ったでしょ。僕は体を売らない」


 トンっと軽く胸を突くと、あんなにがっしりして重い晄矢さんの体が二歩、三歩と後ずさった。僕は手早く荷物を鞄に詰め込み、パソコンをケースに収める。もう潮時なんだ……。


「歓迎会には出ないで行くよ。今までありがとう」


 怒りも苦悩も消えていた。感情が抜け落ちたような晄矢さんの表情。僕は一礼をし、振り向かずに部屋を出た。





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