第59話 罪悪感
翌朝。目が覚めたら、僕は晄矢さんの腕を枕にして寝ていた。夏でも冷房が効いた部屋だから暑さは感じないけど、いい加減腕が痺れてるんじゃと、そっと体を離した。
頭も体もどこかしら痛い。けど、それは心地よい痛みというか……。でも、僕の心の中は、幸福感とともにどこか罪悪感にも似た感情が居座っていた。自ら望んだことのはずなのに。
「涼、こっち向いて」
いつの間に目を覚ましたのだろう。背中を向けてた僕を後ろから抱きしめてきた。ぴくりとする僕の頬にキスをする。
「おはよう、晄矢さん」
「うん、おはよう。キスさせてくれないのか?」
僕は請われるまま後ろを向いた。朝の気だるさを纏ったキスが下りてきた。
その日、僕は事務所に行く日ではなかったので、一日勉強に費やした。パソコンや参考書、法律書に向かっていると、色んなことを忘れ、そこに没頭できていい。
でも、ふと気を緩めて他事が頭に過ると、どうしても昨夜のことを思い出してしまう。
晄矢さんの大きな手や、優しい眼差し、厚みのある唇、それらが体に触れる感触。ふとした拍子、花火のように浮かび上がってくる。途端、体中に電流が走ったみたいになって、ぶるっと震えた。こんな経験、生まれて初めてだ。
――――子供の頃、怖いおじさんに追いかけられた時だって、震えなかったのに。
体が火照ってどうしようもない。僕は何度も冷たいシャワーを浴びた。
「ただいま。おー、熱心にやってるな」
夜、10時過ぎに晄矢さんが帰って来た。遅くまでビシバシと働いているのに、瞳はきらきらして元気だ。こういう姿に、僕はいつも心を奪われてしまう。
「一日お休みさせてもらったから、随分はかどったよ」
「そうか? じゃあ、無理して事務所来なくてもいいんだよ? ウチとしては来てもらいたいけど」
「え? いや。それは話が別だから。もしお役に立ててるなら行かせてほしい」
今となっては、そっちのが僕のバイトになってる。それに仕事は楽しいしためになるんだ。
「そうか。俺はすごく助かってるから、もちろん来てほしいよ。それより……まだ終わらない? 俺、今からシャワー浴びるから」
シルクのパジャマに着替え、晄矢さんが僕のすぐそばに寄って来た。僕の心はまたぴょんと跳ね、体が震える。
「今日は……もう少しやりたいんだ。ごめん」
僕の髪を撫ぜ梳く晄矢さん。その手がぴくりと止まった。それから軽くぽんぽんと叩く。
「ああ。そうだな。じゃ、頑張れ」
「うん」
ごめんなさい。心の中でもう一度謝る。どうして謝るのか、自分でもわからない。なぜかこの時も、朝と同じ罪悪感が沸き起こる。
――――もし、このバイトを受けなければどうなっていたんだろう。
ふと過る、四畳半の古い学生用アパート。改めて、随分と場違いなところに来てしまったのだと僕は気付いていた。