第58話 沸騰
――――晄矢さんとのこの恋はどうなるのだろう。これもいつしか消えてしまうのか。
「今日は悪かったな。兄貴が無神経なこと言って。あいつはホントに何を考えてるのか」
夜も更けて10時過ぎ、ようやく晄矢さんのご帰還だ。スーツを脱ぎ捨てシャワーを浴びて、この日の仕事の匂いから解放される。晄矢さんはそんなことを言っていた。
「ううん。あの時も言ったけど、それが普通の人の感覚だよ。『財産目当て』だって」
「それを言ったら、親父が見繕ってきた女性たちもみんなそうだよ。俺に財産があるのはどうにもならない事実だからな」
自嘲気味に笑う。晄矢さんはいつものすべすべのパジャマを着て、ソファーで今日はワインだ。
「そうだね……。でも、同じくらい財産のある人ならお似合いって言われるよ」
僕も勉強の手を止めて、隣に座った。お酒は飲まないけど、ジンジャーエールにチーズをご相伴にあずかっている。
「何言ってんだ。今日はなんか変だな。やっぱり兄貴のこと気に……」
「そうじゃないよ……」
「どうした。こっち向いて」
晄矢さんの大きな手が僕の顎を持ち、上を向かせる。ギリシャあたりの彫像みたいな整った顔、でも少し心配そうな晄矢さんが視界をいっぱいにした。
「似合うとか、玉の輿とか、俺にはなにも関係ない。城南家の財産も親父やその前の代が成したものだしな。実感がないよ」
城南家の財産は都心の法律事務所だけじゃない。この豪邸も含めて他にも土地や有価証券など多数ある。多分、晄矢さんに群がってくる女性たちの多くは、彼自身よりもその背後にあるものを見ていたんだろう。
――――でも、そんなの僕にはどうでもいい。僕が好きな晄矢さんは、優しくて真っすぐで、真摯に仕事に向き合う強い人だ。
「それに……俺が好きなのは涼だけだ」
「どうして? 僕なんか」
「なんかじゃない。もう、黙れ」
顎を右手で掴み、左手は僕の背中に回した。晄矢さんの高い鼻が触れ、僕は瞼を閉じる。それを待つこともなく唇が塞がれた。ワインの味がする。くらくらと酔いそうに感じるのは、そのせいだけじゃないだろう。
「おまえが……欲しいよ……」
耳の淵をなぞるように唇を寄せ、晄矢さんが囁いた。酔ってるの? 晄矢さん。
逞しい腕の中で、僕は心臓を鷲掴みされたように動けなくなる。耳の後ろを這う唇が僕の理性や感情を沸騰させていく。
――――この想いも……いつしか消えてしまうのか。
僕は晄矢さんの首の後ろに両腕を回し体重をかけた。そのまま二人折り重なってソファーに倒れていく。晄矢さんの右手が僕の体を這うのがわかる。
「あ……」
首筋にキスを受ける。その先はダメだと叫ぶ僕を、僕は自分でねじ伏せてしまう。
――――いやだ。消えて欲しくない。
僕は彼の背にしがみつき、溢れ出す愛しさと熱情に身を任せた。