第57話 同情
「私の気持ちなんかわからないですよね。相模原さんは、貧乏だけど頭も良くて容姿も素敵で、同じ貧乏人でもスキル有りの人だから」
「いや、それは……二宮さんもここでたくさんのスキルを身に着けてるじゃないですか。僕なんかより……」
「いいんです。慰めてもらわなくても。相模原さんもご存じでしょ。貧乏人でも使用人でも同情されるのは嫌いです。そこにある幸運を気づきもしないで正論吐く奴も」
え……と。なんか随分なこと言われてるんですが。祐矢氏にもここまで言われたことあったっけ。
――――あ、もしかして……。
「慰めてなんかいないし、今の幸運に気付いてないわけじゃないですよ」
「あっ……すみません。私、なんてことを……」
言うだけ言ったら、正気に戻ったのかな。可愛い人だな。
「ううん。でも、僕は根っからの貧乏性でね。こういう生活、本当に慣れないんですよ。だからさっきも言ったとおり、事が落ち着いたら、それかどうにもならないってわかったら、僕はここを出て、元の学生用アパートに戻るつもりです」
「そんな、でも晄矢様はどうされるんですか?」
「別に、一緒に暮らさなくても……関係は終わらないと思います」
「そう……でしょうか……」
そうでしょうか。彼女は首を傾げる。結んだ髪が肩で揺れた。僕も自問した『そうだろうか』。
「祐矢先生から、何か言われたんですか? 僕たちのこと」
「え!? い、いえ。何もないです。その……」
言われたんだな。めちゃくちゃわかりやすいリアクション。どう言われたかは想像するしかないけど、多分、彼女のスパイ行動は終わったんだ。
「僕はまだ学生ですから……。何者でもないんです。僕も同情されるのはあまり好きではないです。けど、できれば他人も妬みたくないです。僕が貧乏なのはその人たちの責任ではないので」
彼女は口を一文字にして黙った。少し厳しかったな。でも、同情されるのが嫌なら戦うしかないんだ。僕らにはそれしかない。
ちなみに僕は、同情は必ずしも嫌じゃない。それが強者の特権だと知ってるし、彼らの多くは自覚がない。
「し……失礼しました」
「いえ。珈琲ありがとうございました」
彼女は二つに結んだ長い黒髪を揺らし、部屋を出て行った。
もしかしたら、僕がシーツをきれいにしたり、ごみ箱に獲物がなかったことも原因だったかもしれないな。それか祐矢氏に僕らを探る興味がなくなったのか。
黛先生が言ってた。『相模原君を追った晄矢先生、カッコよかった』と。そんなに観察眼が鋭いかはわかんないけど。二宮さんにもうやらなくていいって言ったんだ。
それを、彼女は祐矢氏が僕らの関係を認めたって感じたんだろうな。認めたからってどうなるってもんじゃないけど、一足飛びに僕が玉の輿に成功したと思ってもおかしくない。で、腹が立ったと。
――――当たらずしも遠からずと思う。人の幸せが、特に同類と思ってたのに抜かれると腹立つもんだよ。岩崎も何かに気付いたのか、僕を避けているのがわかる。いい具合に夏休みに入ったから助かったけど。
降ってきた幸運は長続きしない。知らないうちに流れて消えてしまうものだ。
――――晄矢さんとのこの恋はどうなるのだろう。これもいつしか消えてしまうのか。