第43話 もっと抱きしめて
晄矢さんの計らいで、僕はそのまま城南家に帰ることができた。
タクシーでは緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが出た。そのまま部屋に直行しスーツのままベッドに倒れこむ。
「うー、しんどかったー!」
誰もいないのに、いや、いないからか、思わず声に出して呻いた。あんとき、運よくいい感じに言えたみたいだけど、付け焼刃もいいところだったんだ。
今思い返すとよく切り抜けられたと怖くなってきた。あの場では興奮してたのが逆に良かったんだろうなあ。
――――やっぱり僕には大手は無理だ。普通に街の皆様のために頑張ろう。
中小企業さんも僕のようなのが必要になることもあるだろう。僕はばあちゃんに美味しいものを食べさせ、楽させればそれでいいんだ。
そのためには少しでも早く弁護士にならなくちゃ。ばあちゃんはまだまだ元気だけど、早いに越したことはない!
僕はのそのそとベッドから這い上がり、シャワー室へ。すっきりしてまずは頭を切り替えた。
――――よし、クラブに行くまでやっていた勉強の続きをしよう。
と思って机に向かったところにドアを叩く音が。
――――晄矢さん? もう帰ってきたのか? にしては乱暴な音だな。
「相模原とかいう奴! 帰ってるか?」
「うっ! あ、はい。お疲れ様です」
なんと城南祐矢氏だった。あれからそんなに経ってないけど、真っ赤な顔をして突入か?
「今日は小賢しい知恵を回しよってうまく逃れたが、次はそうは行かないからな!」
「は、はあ……承知しました」
僕は腹が立つよりも、なんだか可愛く思えてしまった。こんな僕を相手に必死になってるところが……なんて思ったら失礼かな。しかも『次』があるとか。
「親父、そこで何してんだっ!」
ドアの前で仁王立ちする祐矢氏の首根っこを掴むかのように背後に来たのは晄矢さん。あっという間に連れ去っていった。
「全く、あきれてものが言えないよ」
呆気に取られている僕の元に、晄矢さんが戻って来た。大きくため息をつき、後ろ手で扉を閉めた。
「今日は涼のおかげで、接待は成功したようなもんだ。ま、親父もそこのところは重々わかってんだけどな。大体、おまえや俺に恥をかかせたって、あの場が凍り付くのはわかってたくせに、何考えてんのか」
ぶつくさ言いながらネクタイを緩める。この仕草が僕は大好きなんだよっ! 今日イチテンションが上がってしまった。
「ん? 涼、どうした?」
僕の熱い視線に気づいた晄矢さんがこちらを見た。
「え、ええ……と。カッコいいなって思って」
僕は女の子みたいに両方の人差し指をつんつんしながら応える。なにやってんだ、全く……。
「それは……たまらないな」
瞬間移動でもしたのかと思うほど、晄矢さんはあっという間に僕の眼前に現れ、ぎゅっと抱きしめた。
――――うわあ……。
今度は誰か来るって心配しなくていい。厚い胸板に顔を埋めると、心臓の音が聞こえてきた。ドクドクと強く激しく打ち、その音とともに彼の体温や血流が僕の体にも流れてくるようだ。
「好きだよ……」
耳元で囁かれる言葉、僕はそれに導かれるように彼の唇を目指す。そっと合わせると、強く抱きしめられた。
「僕も……好きです」
喘ぐように応じると晄矢さんの腕に力がさらに加わり、僕は床に爪先立つ。それでも、もっともっと抱きしめていてほしくて、僕はしがみついていた。