第39話 初めての接待
金曜日の夜。晄矢さんたち弁護士先生方は大物クライアントさんの接待があるらしく全員出払っていた。城南みたいな大手なら、よくあることなんだろうなあ。
僕の目標は、名古屋市内の弁護士事務所で修行させてもらってから、地元の岐阜で自分の事務所を開設することなんだ。僕がばあちゃんと住んでたところは人口密度が低いとこだけど、市内ならそこそこ需要あると思うんだよね。
いつも通り試験勉強してたら、スマホがブルブルと振動している。また広告のアプリかと思ってたら、晄矢さんからの着信だった。
「はい。どうかした?」
『あ、涼。すまない……』
いきなり謝られた。なんだろ。それになんか後ろが賑やかだ。
『親父がどうしてもおまえを連れてこいって言うんだ。クライアントの前で紹介するからって』
えええっ! それ、どういうこと? クライアントにどう紹介するんだよっ。
「それ、どういう」
『当然、親父の嫌がらせだよ。うちに今、優秀な書生がいる。って自慢しだしてさ』
どうやら祐矢氏は、晄矢さんの前で僕に恥をかかせたいようだ。全くよくやるよ。どうせ田舎者の貧乏人が、ハイソな場所じゃ何もできないと見せたいんだろうな。言う通りだけど。
――――でも、断ることはできないんだろうなあ。
「わかった。すぐ準備していくよ」
『すまん。立花が送っていくから』
「うん。ねえ、晄矢さん」
『どうした?』
「もし……もし僕がヘマしたら、解雇してくれていいからね。正直自信ない」
少しの間。スマホの向こうで大笑いする男性と女性の声が聞こえていた。だいぶ出来上がってそうだ。
『馬鹿だな。確かにまだ雇用関係は結んでるけど、たとえそれが終わっても、おまえが俺の恋人だってのは終わらない。むしろ始まったばかりだからな』
うおっ……今度は僕が何も言えず、息を呑んでしまった。
『とにかく、来てくれると助かるよ。詳しいことは立花から聞いてくれ』
「あ、うん。了解」
通話を切ってバタバタ用意しているとノックが。立花さんだろうか。
「はい。どうぞ」
「晄矢さんから連絡ございましたか?」
三条さんだった。この人、早朝から夜遅くまでいるよな。うっかりしてたけど住み込みなのかも。
「はい。さきほど……」
「ご準備手伝いますので、こちらへいらしてください」
と、スタスタ寝室に入っていくとクローゼットの前で腕組をする。スーツは三着しかないけれど、僕ではどれを着て行けばいいのかわからなかった。晄矢さんはこんなところまで気を回してくれるんだ。
「皆さんは高級クラブにいらっしゃるようなので……こちらにしましょう」
高 級 ク ラ ブ。一文字ずつ開けたのはミスじゃない。僕の頭の中を表したんだ。こんな感じでインプットされた。
想像もできない世界だ。ばあちゃんが時々見てたドラマでしか知らない世界(一応テレビはあった)。なんか綺麗な女の人が容積率の低いドレスを着てお酒を飲んでた。
――――その隣には、大概酔っぱらった腹の出たおっさんがいたのだが。スーツの胸ポケットに派手なチーフ入れたような……。
なんていう歪んだ知識しかないが、とにかく言われたように着替える。天パーで言うこと聞かない髪も、三条さんは綺麗に撫でつけてくれた。
「行きましょう。皆さまお待ちです」
玄関に行くと、エントランスで立花さんが待っていた。少し表情が硬い。やはり僕は恐ろしい場所に向かうようだ。
百鬼夜行にふさわしい月のないどんよりと湿った夜。僕は何も言わず黒いワンボックスカーに乗り込んだ。