第38話 少し残念
いつもの時間、いつものメロディーが奏でられる。朝だ。また僕の目の前を大きな手がぬっと伸び、スマホとともに戻る。メロディーも止められた。
考えてみたら、どうして僕の頭の上に置いてんだろ。スマホスタンドまま右側に寄せればいいのに……。
「おはよう。あ、まだ寝てていいよ。講義、今日は1時限目からじゃないだろ」
「うん……」
晄矢さんの髪はストレートだからか寝ぐせがつかない。僕は起きたらきっとまた絡まった毛糸玉みたいになってるんだろうな。
その前髪を晄矢さんがさっと上げた。僕はとっさに目をつぶる。おでこに柔らかい唇が降って来た。
昨夜、というか3時間ほど前、僕と晄矢さんはベッドの上に重なるように転がった。寝ぼけてた僕は、情けない声を出して慌てふためいてしまった。
「そんな声出さないの」
「だ、だって……」
折り重なる体、でも晄矢さんは僕に負担をかけないよう、すぐに両腕と膝で体を支えてた。目の前に相変わらず彫りの深い整った顔。僕はまた心拍数があがった。
「勤労学生を襲うほど、落ちぶれてないから安心して」
「あ、うん……」
少し残念かも。
「あ、もしかして期待してた?」
以心伝心!?
「い、いえ、決してそんなことは!」
僕はフルフルと首を振った。確かに期待してないとは言わないけど……今じゃなくてもいいかも……なんて。
「俺も明日早いから、寝るよ。まだ先は長いしね」
晄矢さんは僕の鼻の先を唇でつまむようにキスをし、隣にごろっと転がった。そしてあっという間に規則正しい寝息が聞こえて……。
それから僕はパジャマに着替え、朝までぐっすり。そして今、今度は鼻ではなく額にキスされた。
――――こんな甘々な生活が僕に訪れるとは……誰が予想しただろう。
いつものように慌ただしく身支度する晄矢さんをベッドの上からぼんやり眺めている。
パジャマを脱ぎ捨てたら現れる見事な裸体。どうにも直視できなくて、のぞき見みたいになっちゃう。僕は変態だったのか。同級生が隠し持ってきたエロ本にはなんの反応もしなかったのに。
――――あ、そうか。僕が女の人に全然惹かれなかったのはこういうこと?
いやいや、男子にも1ミリも惹かれなかったな。僕は布団の中で頭を振る。
まあいいや、そんなこと。どういうわけか、初めて好きになった人がたまたま男の人だった。てことで。
ばあちゃんに『体は売るな』と言われて守ってきたけど、これは売ってるわけじゃない。おかしな契約で始まった『恋人のフリ』が本当になってしまっただけだ。
この先どうなっていくかわからないけど、今は胸に溢れる甘い感覚を大切にしたい……。
明日はここに来てから二回目の週末だ。先週は城南家の人々は普通に仕事で大手事務所弁護士の激務を目の当たりにした。
おかげで僕は晄矢さんのお手伝いと勉強に励むことができたのだけど。来週からいよいよテストも始まるし、今週末もそうなら助かるな。
けれど……人がそう願う時に限って現実は逆張りすることを、僕はうっかり忘れていた。