第37話 駆け巡る妄想
頭にぐるぐると妄想が駆け巡ってる。ろくな想像じゃないから妄想というのだろう。
車の中から城南家の豪邸に着き、晄矢さんの部屋に入るまで、僕はこの夜、何か起こるのかもと期待と不安でどうにかなりそうだった。けど……。
――――あ、なに考えてんだ。
部屋の扉を開け、目の前に書斎机と自分用の机を見て我に返った。
――――1日だって疎かにできない。勉強しなきゃ。
晄矢さんは下で三条さんと話してる。僕は息苦しさを助長していたネクタイを外し、大学で着ていた服に着替えた(さすがにここに来てからはジャージを着るのはやめた)。
晄矢さんだって、『盛りの付いた猫みたいな真似はしない』と言ってるんだ。それはこういうことも考えてなんだろう。晄矢さん自身も司法試験を受験してる。生半可な努力じゃなかったはずだ。いくら、天才だって。
僕は机にPCを置いて椅子に座る。手前のライトを点け、PCを開くとなんだかさっきまでの動揺が嘘のように静まった。
昨日の続きのページを開いて始めようとした時、ドアが開いた。
「お、早速やってるな。今、三条さんに珈琲を頼んでおいたから」
「え……あ、ありがとう」
「俺は風呂入るから。気にせず集中してくれ」
ネクタイを緩めながら寝室のほうに入っていく。その仕草がなにか色っぽくて胸が弾んでしまった。
だけど、やっぱり晄矢さんはわかってくれてる(実は本人はそれどころじゃなかったことは内緒だ)。
――――そうだよな。僕は馬鹿だ。
まずは自分のやることをしないと。奨学金をもらうために成績を落とさない。そして司法試験に一日でも早く受験できるよう準備する。
僕は深呼吸を一つして、画面に集中する。目の前の問題に没我した。
気が付けば日付が変わっていた。机にはいつの間に置いてくれたんだろう、珈琲の入った小さなポットとクッキーが置かれていた。
――――晄矢さんだ……。
隣の寝室に目をやると、淡いライトが漏れている。まだ本でも読んでるのだろうか。気にはなったけれど、もう少しやっておきたい。
僕はありがたく珈琲を頂き、座りなおしてまた画面に集中した。
「りょ……う、りょう……」
どこからか僕の名を呼ぶ声がする。あれ、もしかして僕、眠ってた?
「あ、うわっ」
ひょいと体が浮いた。突然空中遊泳みたいになって、僕はわたわたと暴れた。
「涼、驚いたな。落ちるからじっとして」
「晄矢さん」
すぐ目の前に晄矢さんがいた。なんと僕は晄矢さんにお姫様抱っこされていたんだ。
「あんなところで寝ていたら、風邪ひくから」
「あ、ありがとう。でも、大丈夫下ろして」
安定を保つために、晄矢さんの首に両腕を回す。だけど、恥ずかしくてすぐにも下ろしてもらいたかった。気持ちは……嬉しいけど。
「いいよ。ベッドまで連れて行ってやる」
いやいや、それは……と言い及んでいるうちにベッドに到着してしまった。晄矢さんは例の艶々パジャマだ。滑る素材なのでどうしても縋り付く格好になってしまった。
「下ろすのが惜しいな。このまま……」
「下ろしてくださいっ」
午前3時に何をしてるのか。またまた心臓に爆弾抱えたみたいな動悸が激しくなって、僕は晄矢さんの腕の中で暴れた。
「うわっ」「わあ」
ベッドの上に転がる僕、その上に晄矢さんが覆いかぶさってきた。
――――ひえええっ!
いきなりのベッドで急接近。どうなるっ!?