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第35話 ポーカーフェイス


 ガラス張りで廊下からは丸見えの部屋。天板がつるつるに光っている大きな書斎机が窓際に、隣室を遮る壁一面の書棚には難しそうな本が詰まってる。

 僕は革張りの応接セットのソファーで頼まれた作業をしていた。


「いや、こういう作業好きだから」

「ん?」

「あ、作業が好きなんだよ」

「何言ってんの?」


 僕はあほか。これを自爆と言うんだな。夕方、事務所に帰って来た晄矢さんに『地味な作業で悪いな』なんて言われたので普通に返したんだけど、聞き返されてきょどってしまった。

 晄矢さんはくくっと笑いをかみ殺しながら僕の前に座った。


「とりあえずご苦労様。はい、珈琲」


 ビルの一階にあるチェーン店の珈琲だ。4個用のトレーに2個の珈琲。1個は秘書さんに渡したんだ。こういう気配りも男前だな。


「ありがとう。3件は既に完了してるので」

「ああ。さすが仕事が早いな」


 褒められたら素直に嬉しい。僕は既にプリントアウトしているものを晄矢さんに見せた。


「うん。これでいい。助かったよ」


 珈琲が甘く思えるのは気のせいかな。猫舌のせいで少し熱い珈琲を舐めるように飲んだ。


「今日は……公判中ってのに、涼のことばかり考えてた」


 え”。思わず珈琲を吹き出しそうになる。さっき秘書さんが珈琲カップを片手に帰っていった。ガラス張りだから丸見えとはいえ、二人きりだ。

 でも丸見えだからポーカーフェイスでいないとっ。無理だけど。


「僕も……」


 ちらりと上目遣いして晄矢さんの顔を見る。もの凄く優しい笑顔で見てる。僕の胸は撃ち抜かれた。


 ――――やばい。今すぐ飛びつきたくなる。


「手、こっち出して」

「え?」


 二人の間にある応接セットのテーブルを指さす。どういうこと……。


 ――――あ……そういうこと?


 晄矢さんの右手が長四角の天板の下に隠れてる。僕はそっと右手をテーブルの下にもぐらせた。

 指が触れた瞬間、暖かくて大きな手にぐいっと引っ張られる。それから優しくつつみこまれた。体温と同時にお互いの気持ちが交流してるような感じだ。

 心臓の音が耳にうるさいよ。


 ――――あ……。


 晄矢さんの手が忙しい。指を滑らし絡ませてきた。どうしよう。声が出そうだ。


「あの……」

「この数字、どう思う。俺は少し考えたほうがいいと思うんだよな」


 急に仕事の話振って来た! 僕がさっき渡したプリントの数字を指さす。そのくせ、テーブルの下では僕の手や腕に指を走らせて……。


「そ、そうだね……」


 頭に何も入ってこないんだけど。でも、確かに俯いてじっとしてたら、外から見ても不自然だろうし、この部屋には防犯カメラもある。クライアントが上品な方ばかりとは限らないから。


「クライアントには忠言したほうがよさそうだな。そうかもって疑ってたんだけど、数値化すると一目瞭然だ。助かったよ」

「は……はい……」


 顔が赤くなる。頭から湯気が出そうだよ。


 ――――え……。


 と思ったところで、さっと手が離れてしまった。誰か来たのかと、思わず首を振る。


「来て」


 立ち上がった晄矢さんは僕に合図して早足で歩きだした。ガラスの向こうには誰もいないことを確認してから僕は後を追う。

 なんと、バスルームに直行した。パートナーの部屋には洗面所とトイレが付いてるんだ(バスルームという名称だが、風呂はない)。


「早く」


 僕が入るとすぐ、晄矢さんは扉を閉める。いや、なにこれっ!


「もう我慢できない」

「み……晄矢さん……」


 壁に押し付けられ、抱き竦められる。後頭部に大きな手があてがわれ、柔らかい唇が重ねられた。


 ――――息、できない。


 蠢く舌に僕のそれを絡み取られ、僕は全身が溶けてしまいそうになった。





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