第27話 電話
翌朝、いつもと変わらない様子で晄矢さんが一階に下りて行った。偽りの同棲? 生活六日目。そろそろお兄さんから連絡ないかなと思う。
「ばあちゃん、元気にしてる?」
ばあちゃんが電話に出た途端、僕はつい大きな声を出してしまった。
『元気だけど、あんたの方が元気そうだね。いいことだ』
なんて言われた。僕は今、ちょっと変わったバイトをしていることを告げた。だから学生用アパートにはいないことを。
詳しいことはさすがに話せなかったけど、ばあちゃんは僕の異変? に気付いたか。
『なんだか声が弾んどるね。あんたのことじゃから心配はしとらんが』
ふふっと笑うような雰囲気が感じられる。やっぱりバレてんのか。
「ばあちゃん、あのさ」
『なに?』
「昔、僕に言っただろ。『どんなに貧しくても体を売ってはいけない』って。それは魂を売ることになるって」
ばあちゃんは少し考えるような間を作った。
『さあねえ、覚えてないけど……』
覚えてないんかいっ!
『でも言っててもおかしくないね。あんたが一番安易に金を稼ぐ方法だったろうから。なに、買いたいって言われたんか?』
そんなことは何度も言われてきたけど、今は違う。
「何というか……男の人に迫られてるっていうか……」
迫られてないともいうけど……どっちなんだ。少しの間。そして耳をつんざく笑い声が僕を襲った。
『キャアハハハッ! いやあ、これは傑作だ』
「なにが傑作なんだよ。そんなに笑わなくても」
『いや、あはは、ごめんごめん。あんたも年頃なんだもんねえ。でも、あたしは嬉しいよ。あんたが好きだのなんだのって話ができるようになってさ』
岐阜にいたころは、生活することで精いっぱいだったのがとても心配だったとばあちゃんは言った。
けど、大学生になれば、そういう浮いた話もあるかもと期待をしてたんだそうだ。
「でも、相手は男の人だよ」
『男だってなんだっていいんだよ。心を動かされる相手が出来たんなら』
「だけど、その人、僕のこと好きかどうかわかんないんだ。だから……」
だから? だからなんだよ。僕は何を言おうとしてるんだ。
『その相手がおまえを好きかどうかじゃなくて。おまえが相手を好きかどうかだろ。まずはそっからだろうが。ま、それはもう決まってんのか』
「き……決まってないっ! た、多分」
またククッと笑いをこらえる声が聞こえる。
『決まっとるが。その人がおまえを好きかどうか気になって仕方ないんだからな。心配すんな。相手はあんたに惚れてるよ』
「そう……かな」
なにが『そうかな』だよっ。ばあちゃんのペースに載せられて、僕は自分も気付かなかったことまで吐露してるみたいだ。
『まあそれはそれとして。あんたには人を見る目があると信じとる。でも、恋はその目を狂わせるからねえ』
恥ずかしいな、おい……。七十代の人が言うセリフか。
「恥ずかしいよ、もう。あ、でも……ありがとう、ばあちゃんと話したらモヤモヤしてたのいくらか晴れたよ。その人のことが好きかはともかく、ばあちゃんの教えを胸に頑張るよ」
勉強も頑張りんよ。とか言われてスマホを置いた。なんだかどっと疲れた。
「今の……誰と電話してたんだ?」
突然降って来た声。ハッと顔を上げると、部屋の扉を開け、ダークグレーのスーツを纏った晄矢さんが立っていた。