第25話 知りたいこと
――――涼のことをもっと知りたい。
いつものようにダブルベッドの左側に僕は横たわっている。毎晩、変な緊張をするけど、今晩はさらに動悸が激しくなってる。
法律事務所の執務室で言われたことは、なんだかいつまでも耳に残った。
榊教授の推薦で僕にこのバイトを依頼しに来た時、なにも調べなかったのかしら。この事務所なら、僕みたいな一市民の素性、すぐにも調べられそうだ。
いや、多分それは調査済みだろうな。じゃなきゃ、こんな大胆な仕事頼むわけがない。
――――晄矢さんの知りたいことは、そんな通り一遍の履歴書じゃないんだろう。
え、じゃあなんだよ。僕は何度目かの『そこ』に行き当たり、またもや頭がショートしてしまった。
「涼、寝た?」
ベッドに入ってきてからしばらくスマホをいじっていた晄矢さんが、小声で尋ねてきた。
「ううん、まだ起きてる」
一瞬狸寝入りも考えたが、素直に応えた。もし晄矢さんが話がしたいのなら、僕は構わない。だって……。
――――僕も、もっと晄矢さんのこと知りたい……。
誰かに興味を抱くなんて、多分僕が生きてきたほぼ二十年間のなかで初めてだ。今まで僕は生きることが精いっぱいで、誰かを好きになることはおろか、友情を感じることすらなかったんだ。
僕に告白してくる人もいたけど、正直全くときめきとか感じなかった。そういうことに時間を割けるなんて羨ましいなあ、なんて思うぐらいだ。
いつか、生活に困らないくらいのお金を稼いだら、友人も出来て、恋でも愛でも経験できるって考えていたんだ。
つまり、この瞬間、僕には余裕ができたんだなと思う。けど、逆に生産性は悪い気がする。時間に追われていた時のほうが、集中して勉強できていたよ。
「大学、もうすぐ試験だろ。勉強は進んでるか?」
うわ、普通に聞かれた。
「環境が変わったし、うまくいってないんじゃないかと気になってるんだが」
三条さんが晄矢さんは天才だったと言ってたな。そんな人が僕のこと気にかけてくれてるんだ。
「大丈夫だよ。僕は要領だけはいいんだ。でも、余裕ありすぎてちょっといつもと違う感じ」
「ふうん、なるほど。涼は追い詰められるほうがいいわけだ」
「まあ、ずっとそうだったから。シンプルだったんだよね。今は余計なこと考えちゃって」
「余計なこと? なに、余計なことって」
ごそっと音がした。目の端で確認すると、晄矢さんはフワフワ枕の上に肩肘をつき、僕の方に体を向けている。
なぜか冷や汗が滲む。ベッドサイドの小さな灯りに照らされた天井に視線を移した。
「そ……それは、えっと……」
「俺のこととかは……考えてないか」
はいっ!? なに言ってんのこの人。そりゃ、大雑把に括れば考えてるよ。城南家のこと、城南法律事務所のこと……。このバイトで僕がやるべきことだって、全ては晄矢さんと関わってるんだ。
――――いや……待てよ。
それだけじゃない。風呂上りの裸体を見て焦ったり、寝言にドギマギしたり……。あの日おでこに触れた感触もずっと僕の心拍数を上げてきた。
「どうした? 黙ってないで何か言え」
晄矢さんの右手が僕に伸びてくる。僕は自覚する。今、めっちゃ追い詰められていることを。