第24話 国選弁護人
それから三日。何事もなく日々は過ぎた。ゴルフのお誘いもまだない。まあこのところ雨の日が多いのもあるだろう。
弁護士である城南家の人々はやはり忙しい。同じ家に住んでいながら、滅多に顔を合わすことはなかった。
「これ、どう思う?」
今日は事務所で手伝いをする日だった。僕は大学の講義が終わるとすぐ、直接事務所に足を運んだ。
屋敷に戻るのは面倒なので、スーツを大学で着替えることにしたのだ。その方が効率的だし、立花さんの負担も軽くなる。
「今担当してるやつ?」
「ああ。まあそのうちの一つだ」
城南法律事務所は基本、企業や組織、もしくは裕福な個人向けの弁護士を生業としている。
裁判ドラマみたいに刑事事件を担当することは滅多にない。所謂庶民派、街の弁護士さんじゃあないんだ。
「あれ……でもこれ国選……」
「なんだよ。俺はこれでも、こういうのも受けてんだ。というか、企業弁護士よりこっちのがやりたいと思ってる」
国選弁護人は、罪を犯した人が、資金がない等の理由で弁護人を雇えない場合にあっせんしてもらえる制度だ。
なので私設弁護人と比べたらその報酬は低い。こういう大手では嫌う案件なんだけど。
「そうなんだ」
なんとなく、晄矢さんらしいと思う。どんな案件でも手を抜かずやってくれそうだ。
「兄貴も……そうだったな。よく親父と揉めてた」
ぽつりと晄矢さんがこぼした。僕は三条さんの言葉を思い出した。三人のうち、最も経営者に向いているのは『陽菜さん』だと。要するに、上の二人は向いてないということだ。
「親父には、正義感ばかりに走って青臭い奴らだって言われるけどさ。弁護士って仕事はつまりはそういうことだろ? 金儲けしたくてなったんじゃない。まあ俺の場合、親友の影響ってのもある」
今度は苛立ち気に言う。僕もそう思ってるし、弁護士にはそうであって欲しい。
ただ、ここまでゴージャスな弁護士事務所にするには、正義感だけじゃ無理だったろうとは想像できる。
――――けど親友? 晄矢さんの友人かあ。ここに来てからそんな存在、影も感じなかったけどそりゃいるよね。やっぱり弁護士なんだろうな。
僕は渡された資料に目を通す。この間から名古屋に行ったり夜遅くまで仕事をしているのは、これのせいだったのかな。
多分、本筋の企業や組織向け業務の合間を縫ってやるから忙しいんだろう。
――――窃盗の常習犯か……。もう六十代じゃないか。
孤独な人生を送って来たこの人は、軽犯罪で刑務所に入る方が衣食住に困らないとでも思っているのか。更生とか考えもせず、窃盗と拘留、収監を繰り返している。
でも、僕もばあちゃんがいなかったら。もしあのまま両親とともにこの国をさすらっていたら。そう思うと怖い。
今でも両親の消息はわからないけど、それについては深く考えないことにしてるんだ。だって、生きていたのなら、全く僕に会おうともしないなんて、辛すぎるだろ?
「どうした? 静かだな」
「あ、うん。僕にはよくわからないよ。でも、手伝えることがあったら言って。晄矢さんの役に立ちたい」
別に深い意味があったわけじゃない。ただ自然にそう思っただけだ。けど、晄矢さんは黙って僕を見つめてる。そんなにマジで捉えられても困ってしまうよ……。
「涼、俺はおまえのこと、あまりにも知らなすぎるな。ちょっと反省したよ」
「え、どういうこと。僕だって同じだよ」
うわべのこと、週刊誌に載ってるようなことしか知らないよ。僕は苦笑いをするしかない。
「もっと……涼のこと知りたいな……ようやくため口になってくれたことだし……」
書類に視線を落としながら呟く晄矢さんに、僕はただドクンドクンと鳴り逸る心臓の音を聞いていた。