第23話 ため口
早めのディナーで夕飯は終わったので、僕は自室(というか、晄矢さんの部屋)に戻り、ひたすら勉強に没頭した。
気になることは色々あるけど、そんなことに捉われてる暇は僕にはない!
「ただいま」
何時間くらい机の前にいただろう。目の前の扉が開き、晄矢さんが帰って来た。
「おかえりなさい。お疲れ様」
少し疲れた顔をして晄矢さんが寝室に向かう。祐矢氏に言われたことを話したいけど、今日は止した方がいいのかも。
背広の肩のあたりが濡れてる。最近雨が多いな。もう梅雨入りしたんだっけか。
「珈琲でももらう?」
時計を見たら8時を回っていた。食事は済ませたかな。
「ああ。そうだな。新幹線で弁当とビール飲んだから。頼むよ」
僕は慣れない操作に手間取りながらも珈琲を二つお願いすることができた。
晄矢さんはスーツからTシャツ、スウェットパンツに着替え、どっさりとソファーに身を沈めた。これだってジャージのようなものなのに、この人が着るとスポーツ店のモデルみたいだと思う。
そこにすぐ珈琲が運ばれてきたので、受け取った僕はテーブルの上に置き、なんとなく正面に座った。
「あれ、なにか言いたそうだな」
「え?」
僕、言いたそうな顔したかな。いやそんな馬鹿な。なんでわかるんだろう。
「何かあったのか? 今日はテーブルマナー教えてもらったんだろ?」
「うん。それはもうバッチリだったよ」
色んな意味でバッチリ。これからもちょいちょい三条さんから話が聞けたらいいな。
「でも、そのあとで祐矢氏に会って……」
「なにか言われたのかっ?」
さっと形相が変わる。そんなに心配してくれなくて大丈夫だ。別にいじめられたわけじゃない。
それにしても、僕はさっきからため口になってるような……ま、いいか。
「ゴルフぅ?」
僕がゴルフに誘われたことを話すと、晄矢さんは気の抜けたような表情になった。
「なにがしたいんだか、あのお人は」
確かに輝矢さんがいたころは、家族でゴルフに出かけたこともあったという。と言っても、年に2回ほどだけど。
祐矢氏は特にゴルフが好きなので、遊びはもちろん、接待されるときにもゴルフを選ぶという。
「涼はもちろん、クラブを振ったこともないよな」
ぼくはフルフルと首を振る。そして祐矢氏にしたのと同じことを説明した。
「そうか。涼はなんでもできるんだな。さすがだ」
え……いや、僕はゴルフ出来ないよ。でもこういう時、大抵の人は『苦労したんだな』と労うか、『貧乏自慢乙』と笑いで終わらすんだけど、褒められたのは初めてだ。
「でも、一緒に回るならまだしも、キャディなんてやる必要はない。涼はバイトの一つと思ってるかもだけど、建前とはいえ列記とした俺の恋人なんだ。そんな扱いは断固拒否する。それに親父の奴、取引先との大事なゴルフとかに連れまわそうとしてるのかもしれんし……」
そうなんだ。それは怖いな……。でもキャディーについてはそんなに違和感持ってなかった。バック運ぶだけじゃなく、ちゃんとした役割があると僕は思ってるし……。
「ありがとう。だけど、不慣れなゴルフをするより、僕はキャディーやってるほうが気が楽だよ」
なんて首を竦める。今更コースに出れるよう練習する時間もその気もない。それに祐矢氏の好きなゴルフなら、気持ちもほぐれて険悪な状態が解消されるかも。甘いか。
彼としては、僕を使用人扱いすることが目的かもしれないしなあ。
「無理しなくていいんだぞ。俺が一緒じゃないようなゴルフなら断ってやるからな」
晄矢さんは真剣な表情で僕に言う。確かにそこまで協力する必要はないように思うけど。
「大丈夫だよ。何か仕事らしいことしたいし」
これもまた貧乏性のなせる業。
「十分してるよ……」
晄矢さんは、また僕の頭をごしごしと撫ぜた。ゴルフ行く日は自分も必ず同行するからと言って笑う。
晄矢さんの優しさに胸が苦しくなる。いつの間にかため口で話すようになったのは、彼に対する警戒心がなくなったからだろうか。