第99話 事の顛末
スマホのアラームが鳴り、強制的に穏やかな眠りを中止させられる。アラーム音を止めると同時に、僕は窓から入ってくる冷気に思わず身を震わせた。
ようやく朝方には、秋の気配が漂い始めた。相変わらずほぼ全裸で寝ていた僕は、慌てて窓を閉めた。
「おーい、涼!」
朝食の支度をしていると、玄関のドアを遠慮なく叩く人物が。同級生の岩崎だ。
「おはよう。どうした?」
「いや、昨日、実家から帰ってきてさ。漬物たくさんもらってきたからおすそ分け。涼にはこの間、お菓子もらったから」
「まじかー! めっちゃ助かるよっ! 上がれよ。珈琲淹れてやる」
菓子といっても、城南法律事務所に来たお中元を分けてもらったやつだ。僕的には正直漬物のほうがありがたい。岩崎家で漬けるカブの漬物は本当に美味しいんだ。
「成績どうだった?」
「なんとか……。奨学金は継続されそうだよ」
大学生の長い夏休みもあと数日だ。試験の結果も出て、後期の開始がすぐそこに迫ってる。
僕は奨学生のボーダーラインをなんとかクリアし、今後も法学生として頑張ることができそうだ。
「そうだ。涼、ご両親と会えたんだな。良かったな」
「あ。うん。ホント、なんか信じられなかったけど、生きててくれたんだ」
岩崎に詳しい話をしたことはない。けれど、両親とは生き別れ状態であることは知っていた。それが故の貧乏学生だと。
ばあちゃんの入院と両親との再会で、僕は帰省を予定より延長することになった。塾のバイトを岩崎に代わってもらったのだ。
「バイト、ありがとな」
「お安い御用だよ。それで、ご両親は今どこにいるの?」
「名古屋だよ。そこで仕事してる」
僕と別れてからの両親は、放浪の日々を送っていた。路上生活も経験したと言う。それでも日雇いの仕事をしたりで生き延びていたのだが……。
組織は逃げたら終わりというわけでなく、執拗に両親を追っていた。実はばあちゃんちに来たこともあったんだ。
でも、たまたまいたマタギの脇田さんが追い払ってから、姿を見なくなった。ド田舎だったのも良かったんだろうな。
両親も時間が経つにつれ、忘れてくれたんじゃないかと思うようになった。けど、今から5年前、夜逃げから6年後のことだ。そうした油断があったからか、両親はついに見つかってしまう。
力づくで連れていかれたそこは、『反社会的勢力』、所謂暴力団の支配下だった。
『恐ろしいところでね……私も母さんも一日中慣れない仕事を……いや、肉体労働のほうがまだマシだった』
病院の談話室に、後から合流した父さん。すっかり頭が禿げてて……皺も増えてた。
彼らが強いたのは、両親のような被害者を増やすこと。つまり善良な人を騙して金を巻き上げることだったという。
その成果で自分たちの借金を減らしてやると。両親のような普通の人のほうが騙しやすいのだろう。減らされる金額なぞ雀の涙だ。でもそれを断るとどうなるか。容易に想像できた。
けれど、それは両親にとって耐えがたい『仕事』だった。意を決し、二人でそこから逃げ出した。やくざの連中が見張ってるアパートだ。脱出できたのは奇跡だったと言った。
晄矢さんが話していた『数年前、借金返済のために拉致され労働を強いられてた人が逃げてきて、警察に飛び込んだのが始まり』。それはつまり、僕の両親のことだった。