1.第二王子と婚約者
「殿下。お義姉様に関する根も葉もない噂を耳にしたのですけれど、一体どういうことなのでしょうか?」
定期的に開かれている、第二王子とその婚約者のお茶の時間。
ブロンドのサラサラヘアーに、濃い青の瞳の第二王子殿下、プラチド・フォン・アヴァンティ。その目の前に座っている、青の瞳と金の髪を持つ普段は優しそうな雰囲気を纏った少女も。今日ばかりは、あまり機嫌がよろしくなさそうだった。
それもそのはずだ。
彼女、グローリア・オルシーニ侯爵令嬢にとって、ジュリアーナ・アルベルティーニ公爵令嬢は。本当の姉のように慕うほど、尊敬している人物だったのだから。
「今回のことに関しては、私も兄上に説明を求めたのだけれど……」
そしてそれは、第二王子であるプラチドにとっても同じだった。
いずれ家族になる存在だと、誰もが疑ってすらいなかったのだ。
「結局、今日まで納得のいく回答はもらえていないよ。それどころか、逆におかしな言いがかりをつけられてね」
「まぁっ……」
両手で口元を覆ったグローリアは、その対応の酷さに。今度は驚いて、目を見開く。
そもそも。これがジュリアーナであれば、しっかりと納得のいく回答を、すぐにでもくれたであろうことを知っているからだ。
あまりにも対応が違いすぎた。そしてその言葉を聞いただけでも、彼女が抜けた穴が大きすぎることに、即座に気づいてしまう。
「グローリア。一つだけ、覚悟をしておいてほしい」
真剣な濃い青の瞳が、グローリアの貴族らしい青の瞳を射抜く。
口にした言葉の通り、プラチドの瞳の奥に強い覚悟が宿っているのを見て。グローリアも、思わず居住まいを正した。
「こうなった以上、立太子するのは兄上ではなく私になるかもしれない」
「……そう、ですね」
ジュリアーナが第一王子であるダミアーノ殿下に、一方的に婚約破棄を突きつけられたと聞いて。グローリアもまた、その可能性を考えずにはいられなかったのだ。
「まだ彼女からの返事はないし、どういったつもりなのかは分からないけれど……」
「もしも、お義姉様がそのおつもりなのであれば、私にそれを受け入れる覚悟をせよ、と。そういう、ことでしょうか?」
「ズルい言い方なのは、自覚してる。けれど、あの方がなんの策も打たないで現状を受け入れている以上、その可能性は高いと思う」
おかしなことだと思われるかもしれないが、王族であり血の繋がった兄以上に信頼できる人物だと、プラチドは常日頃から考えていた。
そしてそれは、城に出入りする者たちの共通見解であるとも。
「……確かに。そう、ですね」
グローリアですら、例外ではない。
むしろ彼女こそ、ジュリアーナがいるからこそ王家の一員になるための教育を投げ出すことなく、ここまで続けてこられたのだから。
プラチドと同じく、まだ十六歳のグローリアは。すぐに嫁ぐこともできなければ、一人前のレディとしても認識されていない。
この国では学園を卒業してようやく、一人前の貴族と認められる。
つまり。
「お義姉様が、学園を卒業されないのであれば」
「妃教育を受けてきた正当な令嬢は、グローリアしかいなくなる」
「そして、現状を全くもって理解出来ていらっしゃらないような方を、陛下が立太子させるはずがない、と」
「おそらく、ね」
彼らはダミアーノ殿下よりも、余程よく理解できていた。この状況の不自然さも、これから起こるであろうことも。
なにより、一国を預かる王の決断が、肉親だからという理由で鈍ることがないことも。よく、知っていた。
「……お手紙のお返事がきたら、私にも内容を教えていただけますか?」
「もちろんだよ。むしろ私の手紙の中に、グローリアのも混ぜようか?」
「そんなこと……!」
「できると思うよ。きっと、そこまで警戒されることはないから」
その発言は、兄がそこまで気をまわすことはないだろうという意味と。おそらく協力者がいるのだろうという、二つの意味合いを持ってのことだったが。
ふと、彼は思ってしまった。
どこまで兄は愚かで、信用がないのだろうと。
「…………でしたら」
しばらく考え込んでいたグローリアが、決意を持ってプラチドを真っ直ぐ見据える。
そこには先ほどプラチドの瞳の奥にあった覚悟と、同じものが宿っていた。
「念のため、殿下からの伝言という形にしていただけますか?」
「グローリアは、それでいいの?」
「確実にお義姉様にお手紙を届けられるとご判断いただいた時点で、私もお手紙をお出ししたいのです」
晴れやかな笑顔の彼女の言葉は、とても誠実だった。
そしてだからこそ、プラチドはグローリアに惹かれたのだ。
「うん、そうだね。約束するよ」
貴族令嬢としてよく手入れされている、ふんわりとした金の髪に手を差し入れて。その金糸ごと、グローリアの頬に手を添える。
「お待ちしておりますね」
そんなプラチドの手に、自らの手を重ねて。幸せそうに微笑む彼女は。
ジュリアーナが歩むべきだった道を、これから真っ直ぐ誠実に進み続けるだろう。
第二王子と婚約者は、互いに支え合い手を取り合いながら、この先も共にあり続ける。
未来の国王陛下と王妃陛下は、そうして穏やかに微笑むのだ。
この場だけでなく周囲全ての人間を、確実に味方につけながら。




