25.ジュリアーナ
「ジュリアーナ!」
これが、俺が彼女の名前を呼んだ初めての瞬間だった。
「どうして、ここに?」
振り返ったその瞳には、控えめだが明らかな驚きが含まれていて。
一緒に選びに行ったドレスが、まさかこんなことに使われるなんて思ってなかったなと。割とどうでもいいことを考えながら。
「プラチド殿下から聞いた」
「あら」
彼女の目の前に立って、必要なことだけを告げる。
「ひとまず一緒に帰ろう。許可は出てる」
言外に、だったけどな。
けどプラチド殿下のあの言い方は、そういうことだろ。
それに。
「色々と聞きたいことも話したいこともあるが、君が誰の馬車に乗って城に来たのかを知っている人物がいる以上、帰りも同じでないと問題になるらしいな」
「えぇ、そうね」
つまり、一緒に馬車に乗って帰れ、と。
ついでにこのことは、筆頭のジジイに殿下が直接話しておいてくれるらしい。
それ絶対、俺のためじゃなくてジュリアーナのためだよな。
そう考えて、思わず舌打ちが出たが。きっと俺の考えてることなんて、恋愛方面激鈍の彼女には分からないだろ。
(そもそも、ジュリアーナはもう王家とは関係ないはずだ)
そのはず、なのに。
王妃様は呼び出しをかけてくるし、第二王子は気にかけてるし。
なんなんだよ、ホントに。
今は俺の妻だぞ! まだ書類上だけだけど!
それなのに。
「きっと両陛下は、国のために動いてくださる」
彼女ですら、まだ国に囚われたまま。
きっと本当の自由を知らないんだろう。それは、分かる。
だから全てを終わらせたはずのジュリアーナに、今度こそ自由になってもらおうと思ったのに。
「え、っと……。私との夫婦生活、続ける……?」
「…………は?」
それを吹き飛ばすような、衝撃的な発言が。先に、彼女から繰り出された。
「計画がほとんど成功したから、正式な発表後なら夫婦関係を解消することも可能だと思う」
というか。それは、つまり……。
「君は……俺と、離婚したいのか……?」
「離婚というか、そもそも結婚していた事実そのものをなくせるというか……」
なくなる?
この関係が?
「あ、もちろんニコロの研究の自由は保証してもらうよ?」
「いや……。そうじゃ、なくて」
この期に及んで、まだ人の心配かよ。
「騒動の被害者なんですって言っておけば、体裁を気にする人たちは文句言わないと思うし」
「いや、だから……」
というか、そこじゃないんだよ。
「ニコロが望むのなら、今からでも準備を始めておけるよ!」
「だから! 俺じゃなくて、君がどうしたいかのほうが大事だろうが!」
聞きたいのは、ジュリアーナが、どうしたいのか。
体裁だとかそんなものは、今さらどうでもいい。
「……私?」
なのに、なんでそんな不思議そうな顔してるんだよ!
「君が立てた計画だ! 君が望んだ結果を得られなければ、君だけが損するじゃないか!」
「そんなことないと思うけど?」
どうして自分のことになると、途端に鈍くなるんだ!?
「君は国に人生を捧げすぎだ!」
「そんなつもりは……」
「君にはなくても、俺から見ればそうとしか思えない!」
それは、俺だけじゃない。きっとプラチド殿下にも、そう見えてるんだ。
だからこそ最悪の事態を想定した上で、俺にジュリアーナを連れて帰るように促したんだからな。
「……君はもう、未来の王妃でも国母でもない」
「……うん」
「だったらもう、国のことは切り離して考えていいはずだろ? 君の人生は、君だけのもののはずだ」
君はもう、自由になっていい。
好きに未来を、選んでいいんだ。
だから。
「……もう少しこの生活、続けてもいい?」
その答えが聞けた瞬間、俺がどれだけ嬉しいと思ったのか。
きっと君には分からないだろうけど。
それに、だ。
名前とか、ちょっと不意打ちはあったけど。
ずっと前から実は用意していた、コレを渡すタイミングは。きっと、今なんだろう。
「…………君が……俺に対してなんの興味も、未練も抱いていないことは、言葉の端々から分かってたけど……」
「え?」
「俺も人のことは言えないけど、君も案外鈍いな」
「え……!?」
困惑と焦りを隠そうともしないその姿は、なんだか新鮮で。
あぁようやく、安心できているのかな、なんて思う一方で。
「政策や腹の探り合いは得意でも、違う分野では発揮できないんだな、その能力」
人生初の、なんなら俺らしくもない行動に、かなり緊張もしてた。
「え? え?」
「こういうことだよ」
枯れないように魔術を使って保存していた花束を、彼女の目の前に差し出す。
淡い色でまとめ上げられた、優しい色味の花束を。
「花、束……?」
「俺から、君に。全てが片付いたのなら、今度こそ本当の夫婦になってほしい」
「……え」
一生に一度だろうその言葉が、本当の意味で彼女に届くかどうかは、また別の話。
「どう、しよう……。うれ、しいっ……!」
「よかった」
それでも、今は。
「君の心が俺に向いてないのは、分かってる。ようやく望んだものを手に入れた君を、急かすつもりもない」
ただまっすぐに、俺の本心を伝えよう。
「だから、ゆっくりでいい。少しずつ俺のことを知っていって、君のことを教えてほしい」
「それならなおさら、名前で呼んで?」
「ん゛っ……。ぜ、善処する……」
「ふふっ」
最後はどうしても、締まらなかったが。
まぁそれでも、ジュリアーナが笑ってくれたから、ヨシとしよう。
ちなみに。
俺が彼女の名前を、恥ずかしげもなく呼べるようになるのは。
もう少しだけ、先の話。
これにてニコロ編、完結です!
本編以上に、ちゃんと恋愛してた気がするのは……たぶん、気のせいじゃありませんね。
どちらかというと、これがある前提だったからこそ、恋愛カテゴリーにしたと言っても過言ではありません(-`ω-)b
そしてこの時点で、評価してくださった方が100名を超えておりました!
さらにはブクマ登録も450名を突破!
評価してくださった102名の方、ブクマ登録してくださった452名の方。本当にありがとうございます!m(>_<*m))ペコペコ
さて、次回からですが……。
このままだと、どうなったのか分からない人物たちがいるとは思いませんか?
そう。最初に登場していた、あの二人。
ここから数話ほど、ざまぁ要素全開でいきます!
とはいえ残虐な方向ではありませんので、そこはご安心ください(^^;)
一応今月いっぱいで、完結させるつもりではありますので。
もう少しだけ、お付き合いのほどよろしくお願いしますm(_ _)mペコリ




