18.不思議な存在
「大量のドレスを、買い取ってくれるようなところ?」
不思議そうに首をかしげる、ベッティーノの反応がまともで。俺は少しだけ安心する。
「どっかの誰かさんの隣に立つために作られたから、もういらないんだと」
「……あぁ、なるほどね」
それだけで全てを理解してくれるのは、さすがお貴族様出身。よく分かってる。
「僕もすぐには分からないから、一度家令にでも調べさせるよ」
「頼む」
人を使うことが当たり前なのは、こいつがそういう育ち方をしてきたからだって知ってるし。悪気も嫌味もないって、分かってるからいいけど。
最初の頃は、誰かに何かをさせるっていう言い方がなんとなーく好きじゃなかったなと、ふとどうでもいいことを思いだした。
「それにしても。君は本当に、最近は奥方の話ばかりだね」
「……そう、か?」
「気づいていないのかい?」
「……」
そう言われても、俺にとっては貴族との生活も貴族の考え方も、未知の領域だし。
それ以前に、ジュリアーナ自身が本当に貴族令嬢として生活してたのかって、本気で疑いたくなるくらいだし。
(なに考えてんのか、いまいちよく分からん)
だからどう扱うのが正しいのかも、よく分からないまま。
そもそも噂とは全く違う、ある意味完璧に王妃の器だったその性格は、俺が制御できるようなものでもないような気が……しなくも、ない。
(それに……)
個人的には、家を出る時や帰った時に、一言でも必ず挨拶をしてくれる。そんな、存在が。
(なんか、ちょっと……気恥ずかしいんだよな)
別に何ってわけじゃない。ただ自分の家に、書類上とはいえ妻になった女性がいる、というのは。
しかも貴族らしい綺麗な金の髪を、平民風にリボンで縛って。自然体な姿で、緑の瞳を向けられると。どうしても、ドギマギしてしまう。
(平民じゃあ、当然ないけど。貴族っていうにも、ちょっと違うんだよな)
どこか不思議な存在。
俺の知らない知識を持っていて。でもある時突然、突飛な行動を起こす人物。
色んな意味で、目が離せない。
「ところで、この間の魔術式なんだけどね」
「あ、あぁ」
一人で考え事をしてたら、急にベッティーノに声をかけられた。
そこからは、ちゃんと研究に集中できたからいいけど。一人だったら、危うく彼女のことを考えるだけで一日が終わってたかもしれない。
とはいえ、だ。
当の本人は、家に帰れば難しい顔をしながら、孤児院の今後について考えてたり。
そういうところが、やっぱり王妃になる予定の人物だったんだなって、思い出させる。
ただ。
公共事業ならプラチド殿下に許可を取って、魔術を使って実験しながら進めればいいのに。
どうしてそういうことは、思いつかないんだろうな?
◇ ◆ ◇
「なんか、結局誰も損してないんだね。この結婚って」
んで、なーんでそんな発言が出てくるかね。
「さぁ? それはどうだろうな?」
「え?」
本人は、なんにも気づいてないようだが。
実際には損してると思うぞ。主にこれから国政に関わる人物たちと、本人は一切分かってないだろう第一王子とか。
(特に第一王子なんて、近いうちにその地位から引きずり降ろされる可能性があるんだろ?)
損してないわけ、ないんだよなぁ。
むしろそれこそが、最大の損なんじゃねぇの?
(ま、俺には関係ないけど)
むしろこんな美人な、できた女性を手放すとか。普通ならあり得ないと思うとこだけど。
「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
正直俺からすれば、そのおかげでこうして彼女と一緒にいられるわけだし。
そういう意味では、よくやった第一王子ってところか。
(…………ん? あれ?)
いや。いやいや。
ちょっと、待て。
俺今、なんでそんなこと考えた……?
そう思いながらも。ふと、目の前にいる笑顔のジュリアーナが目に入って。
その自然体で優し気な雰囲気に、一瞬ドキッとした俺は……。
「っ……! ゆ、夕方までには帰るっ……」
逃げるように、研究室に向かったけど。
でも……。でもっ……!
「……おい。おいおいおいおい」
机に両手をついて、真っ直ぐ紙に書かれた魔術式を見つめながら。その実、一切それは頭の中になんて入ってこなくて。
むしろ。
「ヤバいだろ……」
いつの間に? とか。どうして? とか。
今はとりあえず、そんなことどうでもよくて。
「……マジ、かよ」
左手で口元を覆っても、赤くなってるだろう顔は隠しきれない。
ベッティーノがまだこの場にいないのが、唯一の救いか。
「どーすんだよ、コレ」
口元から胸元に移動させた手で、服をグッと掴んではみるものの。抱いた不安は、一向に消えなかった。
いつの間にか宿ってしまっていたことに気づいた、彼女への淡い思いと同じで。




