30.電気ってご存じですか?
「ニコロ、付き合ってくれてありがとう!」
今日はこの間約束してくれた通り、本当にドレスを一緒に選んでくれた。ドレスだけじゃなく、それに必要な一式全て、一度も嫌な顔をせず。
しかも馬車までちゃんと用意してくれて!
初めてドレスを新調することを楽しいと思えた、その感謝も込めて。こうして家に帰ってきて、一番にお礼を言ったんだけど。
「いや、まぁ、礼を言われるほどでは……」
ふいっと、いつものようにそっぽを向いてしまう。
でもそう言いながらも、まんざらでもなさそうな声色の彼は、今日も今日とて全身黒。……では、なかった。
正直、魔導士のあの格好ってある意味正装だから、そのままで行くんだと思ってたんだけど。
まさかまさかの、黒のパンツに白いシャツに、グレーのベスト。
明るい色彩では決してないはずなのに、普段が真っ黒もしくは少しだけグレー混じりなせいか、今日はなんだかちょっとだけスタイリッシュに見える。
(意外だったけど、これはこれで似合うんだよねー)
素材がいいから、基本的には何を着ても似合うんだろう。
そして、私はといえば。この間ニコロが事前に準備してくれていた、貴族令嬢風の普段着一式をしっかりと着込んで出かけたのだ。
襟や袖口は女性らしく丸みを強調した、柔らかい色のブラウスには。同じ色の糸で、刺繍が施されている。
それに合わせるのは、裾に向かって広がっているグリーンのスカート。しかもその裾にもしっかりと、全面レースが取り付けられている。
そして極めつけは、そのスカートと同じ色と素材をあしらった胸元のリボン。
この可愛さたるや……!
今までの私はこういう服装をしてこなかったから、似合うのかどうか不安だったけど。
ニコロは似合うって、言ってくれた。
それにこの状態でさらにヒールの高めの靴を履いても、まだ結構な身長差があるってことは。純粋に、ニコロが長身だということ。
ちなみにこの高さだと、ダミアーノ殿下よりも高くなってしまうからと毎回禁止されてた。
あのバカ王子、そういうプライドだけは高かったからね。
「私の気持ちの問題だから!」
「そうか」
最近、こういうふとした瞬間の声が優しい気がするんだよね。
やっぱり、あれなのかな。色々とぶっちゃけたというか、真実を伝えてきたからなのかな。
腹を割って話すじゃないけど、本音で話した分だけ、心の距離って縮まるのかもね。
「じゃあ着替えて、夕食の準備――」
「やっぱり、外食でいいんじゃないか?」
部屋に向かおうとした私の腕を掴んで、今日何回目か分からない言葉を口にするけど。
そういうわけにはいかないって、私何度も説明してるんだよなー。
「あのね、どこに人の目があるか分からないんだよ?」
バカだけど、あれでも一応第一王子だし。噂もしっかり広めてくれてるし。
それなのに、世間的には悪名高い令嬢が嫁いだ先の旦那様を引き連れて、ディナーになんて行ってみなさい。あっという間に噂の的よ。
「今はこれ以上の噂は広げず、学園の卒業パーティーで陛下方が外遊から戻られるまで待つべきなんだって、言ってるでしょ?」
なにより、これはニコロのためでもある。
彼にとって研究が一番なのはよく分かってるけど、今後もそうとは限らない。
これで私に懐柔されたとか、変な噂が立ったままの状態で好きな人とかできたら、困るでしょうが。
そういう可能性をなるべくなくすためにも、今はまだ大人しくしてるほうがいいの。
「……だったら。せめて今日だけは、前のように食事を用意させてくれないか?」
「え? うーん……」
それならまぁ、問題ない、かな。
正直なことを言ってしまえば、久々の採寸でちょっと疲れてはいるし。
楽できるなら、させてもらおう!
あと、この家の設備だと、本当に簡単なものしか用意できないからね。
「じゃあ、今日はお願いしようかな」
「あぁ」
ちなみにあのお料理は、魔導士たちのために直接契約が結ばれている、いくつかの店舗からの提供品らしい。
どうやら仕事やら研究やらで食事を抜きがちな彼らに、健康な食生活だけでもと始まったことらしいけど……。
うん、まぁ、なんていうか……。管理する人たちも色々大変なんだろうなって、聞いた時には少しだけ遠い目をしたくなったよ。
(それにしても)
着替える必要もなくなったから、ニコロが用意してくれた服装のまま。ハーブティーの準備だけをしつつ、部屋の中を見回す。
最初の頃より、かなり調理器具が揃ってきたとはいえ。
(基本的に食材が出しっぱなしっていうのも、ね)
気になるというか、なんというか。できれば、冷蔵庫みたいなものが欲しいけど。
この世界には電気なんて概念が、そもそも存在してないしなー。
ニコロに言えば、魔術でなんとかしてくれそうな気はする。でもそれだと、私の望んだものとはちょっと違うし。
(だからって、電気ってご存じですか? なんて見ず知らずの小娘が、魔導士のトップに急に言い出すのも変でしょ)
きっとそれを普及させるには、国の偉い人たちが有用性を認知した上で、何年もかけて実用化させていくしかないんだろうけど。
でも……。
「ねぇ、ニコロ」
「ん?」
テーブルの上に二人分のティーカップを置いて、ハーブティーを注ぎながら。
「雷を、動力として利用できないかな?」
「……は?」
そっと呟いた言葉にニコロが返してきたのは、単純な疑問だった。
「どうしてそんなものを、急に?」
まぁ、うん。そうだよね~。
そうなんだけど、さ。
「冬の寒い日とかに、扉を開こうとしたらバチって痛くなること、あるでしょ?」
「あぁ、妖精の悪戯の話か」
この世界では、まだ解明されていない不思議なことを『妖精の悪戯』として、ひとくくりにして呼んでいる。
だけどそれは、解明されていないだけ。実際に妖精が何かをしているわけじゃあない。
これはこれで、冤罪だよなぁ。ごめんね、妖精さんたち。
「あれと雷は、原理としては同じなの」
正確に言えば、色々と違いはあるんだけど。
私も詳しくは説明できないから、ここではとりあえず省いて。
「可能なら、私はこの世界に『電気』を普及させたい」
使える人が限られる、魔術ではなくて。
みんなの暮らしを少しだけ豊かにする。本当に、それだけでいい。
そのため、だけに。
「だからね。可能かどうか、話を聞いて考えてみてほしいの」
私は、決意した。
「……前々から思ってたんだが、君のその知識はどこからきている?」
ニコロに、全てを打ち明ける決意を。
~他作品情報~
明日11/11は、ポッキー&プリッツの日!
そして『幽霊令嬢』のコミカライズ版更新日です!
寒くなってきたのであたたかい飲み物と一緒に、クスっと笑ってもらえたら嬉しいです♪




