28.でしょうね
「それで?」
約束通り夕食を先に終わらせて、流しに全てを入れてキレイになったのを確認してから、それぞれの場所に片づけて。
そうして私たちは今、向かい合って座っている。
「大事な話って、なに?」
テーブルの上にあるのは、一対のティーカップとティーポットだけ。長くなれば喉も乾くだろうと思って、事前に用意しておいた。
中身は当然、孤児院で作っているハーブティー。このティーカップとポットは、ちょっとだけ貴族の住まいに近い場所にある、高級品を扱うお店で購入してきたもの。
ティーセットと言うには少し寂しい気もするけれど、今の生活ならこれだけで十分。
それよりも問題は、これからニコロが口にするであろう話の内容。ことと次第によっては、私の今後が左右されるかもしれないんだから。
「第一王子の、新しい婚約者について、だ」
少しの緊張感を胸に、改まって問いかけた言葉への返答が、それ。
身構えていた私は、出てきた単語に一気に安堵する。なんだ、そんなことか、と。
「君の耳には入っていないとは思うが、彼女は今一切の教育を拒否している上に、そもそもにしてまともな教養一つ身についていなかったらしい」
「でしょうね」
「え?」
だって、考えてもみてよ。元婚約者は公爵令嬢で、小さいころからコツコツと教育を受けてきた人間なんだよ?
それと比べるほうがおかしいでしょ。
「彼女はブラスキ男爵令嬢。男爵という爵位がどの程度の位置にいるのか、ニコロはよく知ってるはず」
「まぁ、そう、だが」
「そんな地位の娘に、最初から公爵令嬢と同じだけの教養が備わっているなんて、そんなことはあり得ない」
むしろそんなことができるのなら、もはや爵位なんて意味がなくなる。
爵位の高さは、教養の高さと富の多さを表しているも同然なんだから。
「第一王子も周りの人間も、それを分かった上で婚約者として認めているはずでしょう?」
「ッ……」
にっこりと、令嬢スマイルを向けてみせれば。
途端に、ニコロはギクリと体を強張らせる。
(まぁ、そんなことあのバカ王子が考えてたはずもないんだけど)
見た目の可愛さと、自分を必要以上に持ち上げてくれる耳触りのいい言葉だけで、相手を選んだようなものなんだから。
でも、そうでなくちゃ困る。
それぐらい明らかに出来の悪い人間が選ばれてくれないと、私たちの計画が破綻してしまうから。
「ねぇ、ニコロ。彼女はね、私の救世主様なの」
「……え?」
「それでいて、貴族やこの国を救ってくれる、大事な大事な生贄」
「いけ、にえ……?」
そう、生贄。
救世主でもあり生贄でもあるリーヴィア・ブラスキ男爵令嬢が第一王子に選ばれたのは、もちろん偶然なんかじゃない。
「第一王子の好みを知り尽くしている私が探し出して、その王子を誘惑するように育てさせたの」
「な!?」
ブラスキ男爵の、どんな手を使ってでも出世したいという、その欲望を逆手にとって。
ちょこっとずつ不正もしていたし、ちょうどよかったのも事実。
「どうして、そんな……!」
「女遊びばかりしていて、一向に帝王学を学ぼうとしないダメ王子が立太子なんてした日には、この国が破滅に向かってしまう」
それが、未来の国母となるために教育を受けていた私が出した答え。
そして。
「まともな貴族たちも、それに同意した」
「なんだと……!?」
つまりこれは、国を正しく導きたい者たちによる総意。
全ては何年も前から仕掛けられていた、巧妙な罠であり。壮大な、茶番。
「私は第二王子派に接触して、第一王子の失脚シナリオを提案したの。同時に、私も表舞台から消えるというおまけつきで」
「どうして君まで!」
「私が第一王子の側にいたままだと、この計画は上手くいかないと分かっていたから」
困ったような顔をしてみせれば、途端にグッと押し黙ってしまうニコロ。
(ごめんなさい。でもこればっかりは、真実だから)
優秀な王妃が補佐についたことで、滞りなく政務を果たせてきた王のなんと多いことか。
歴史の真実というのは、いつの時代も隠されてきているもの。
けれどだからこそ、ただの無能や出来損ないならまだマシだった。面倒事さえ起こさないのであれば、私だって隠された歴史の一つになることもできた。
「でもね、今回ばかりはそういうわけにもいかなかったの。なにせ第一王子であるダミアーノ殿下は、どこで王族の血を引いた子供を作ってくるか分からなかったから」
「そっ、れは……」
「浮気者って、言ったでしょう? 別にあれは今に始まったことじゃなく、昔からずっと」
ないがしろにされたのは、なにもあの時が初めてではない。
むしろ彼の好みではなかったのであろう私は、逆に言えば被害に遭わずに済んだとも言えるんだろうけど。
「実際に第一王子の子供を妊娠したと言い出した人物が、今までいなかったわけじゃないの」
「っ……。大問題じゃないか」
「そう、大問題だったの。王家としても、国としても」
幸いというかなんというか、子供は生まれてこなかったけど。
でももし、あの時本当に子供が生まれてきていたら?
その見た目が、第一王子そっくりだったら?
二人が肉体関係を持っていなかったという証拠は、どこにもない。
たとえ第一王子自身が否定したとしても、疑いを晴らすことはきっとできなかった。
「そんな無責任な人間に、国を任せられないでしょう?」
「だから、計画したのか。第一王子を引きずり落として、第二王子を立太子させるために」
「その通り!」
パンっと両手を合わせる仕草は、なんとも令嬢っぽいなと思うけど。
でもこの計画は、私の公爵令嬢としての最後の仕事であり、この国の王妃になる可能性があった私ができる、最大限の国への奉仕。
「つまり……婚約破棄のタイミングすら、狙ってやらせたことだ、と。そういうことか」
「当然でしょう? そうじゃなければ、都合よく両陛下がいない間に全てを終わらせることなんて、できるはずがないんだから」
成功のカギは、両陛下の外遊中に婚約破棄宣言から書類作成を経て、承認させられるかだった。
最初はあまりにも時間がかかっているように感じられて、物凄く心配だったし焦ったけど。
無事に成功して、ひと安心ですよ。
私の自由は、その過程で得られたらいいなー程度の、おまけでしかなかったわけだ。
「…………はぁ~~~~……」
それはそれは、深ーくため息をついたニコロは。やがて顔を上げるのと同時に、両手も頭の上にあげて。
「降参だ。そんなにも多くの人間を巻き込んで、綿密に練られた計画なら、文句なしに完璧だったんだろうな」
「うーん……。残念ながら、完璧ではなかったかな。関係ないはずのニコロを巻き込んじゃったし」
「どちらかというと、俺は利しか得てないけどな」
「そう言ってもらえると助かります」
テーブルの上に両手を置いて、頭を下げて感謝の意を伝えておく。
そしてここでようやく、二人してティーカップの中身に口をつけた。ちょっとだけぬるくなったハーブティーが、今はすごく体に染みるしありがたい。
(さて、あとは)
私にできることはここまで。こっから先は、他の人たちの頑張り次第。
第二王子派と、そして誰よりも立太子が決定的になったプラチド殿下が頑張ってくれれば、丸く収まる。
ぜひとも国のために、しっかりと踊ってほしいかな。
私の手のひらの上でね。




